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青色幻燈

第2章 寒地にて



私は熱心に蕎麦をすすり込みながら、もう一度大きく頷いた。熱い汁はしつこくない程度にほんのり甘く、中で泳ぐ蕎麦は腰が強くて絶妙の歯ごたえでぷんと噛みきれる。そしてかりりと揚がった精進揚げがまた旨いのだ。上手いこと揚げられた南瓜は驚くほど厚くて大きくてほっくり、こういう蕎麦も悪くない。うん。悪くない。旨い旨い。

「蕎麦というのは旨い上に栄養価が高いですからね。他に較べようがありません」

男が歌うように言った。

「先ずリジン」

「発育を促すタンパク質ですな」

「それからルチン」

「血液を守るビタミンでしょう」

「そしてビタミンB」

「そいつは疲労に良い」

私たちは顔を見合わせて笑った。

「兎に角素晴らしい食物です」

男の結句に私は大いに同意する。蕎麦は普通植物性のタンパク質にはあまり見られない良いアミノ酸を含んでいる貴重な健康食品なのだ。―と、口幅ったいことを言う前に、先ず食って旨いというのが嬉しいではないか。

私たちは揃って終始嬉しそうな顔をして蕎麦をすすり、旨い汁の最後の一滴まで奇麗に平らげてブッシュを出た。

「どうでした、こっちの蕎麦は」

男が笑って問うのに、私も笑顔で返答する。

「是非また食べたいですなあ」

「是非お出でなさい。また案内しますから」

表に出ると辺りはぼんやりと暗くなっており、空はもう西の空を僅かに紅く残して美しく暮れていた。馬鹿に大きくて奇麗な星が薄暗がりの夜空にぽつりぽつりと輝き出している。

「良い夜になりそうですね」

男は空を見上げて静かに言うと、振り返って微笑んだ。

「良い露天風呂に案内しますから楽しみにしていて下さい。星と雪を見ながら湯につかるのもいいものですよ」

目を細く細く和ませ、そしてまた遠くを眺めるようなとらえどころのない茫洋とした表情でじっと空を見上げる。何を考えているのかよくわからない、不可解でしかしやわらかい顔である。

「これもまた私の行きつけなのですが」

不意に男はまたパッと私を振り返り、トランクを持ち直して平生の顔に戻る。

「大沢温泉というところへ行きましょう。山あいの静かな温泉で、川べりに大変気持ちの良い露天風呂があるのです。いいですよ」

「川べりの露天風呂ですか。いいですなあ。是非一杯やりたいところですな」
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