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青色幻燈

第2章 寒地にて


宿から荷物を運び出すと、男はやっと少し歩調をゆるめた。

「ここいらの土地は米を育てるには少々厄介な黒土ですが、そのかわり蕎麦がよく育つのです」

私の大きなトランクを苦もなく持って歩きながら男が朗らかに言う。

「そういうわけであちこちに旨い蕎麦屋がありますが、今日のところは一先ず私の行きつけに行きましょう。藪屋という店です」

得心した。藪―ブッシュというわけだ。私は可笑しくなって口片を吊り上げた。

「昼間にブッシュと仰ってましたが、ありゃ誰の命名ですか」

「私です」

「はは、成る程成る程」

この男、実に面白い。

行きつけのブッシュに入ると、男はそこが指定席らしい奥の席につく。店の中は蕎麦やだし汁の香ばしい匂いでいっぱいだ。私は男の向かいに座って、店の少女が出してくれた熱い麦湯を呑んだ。

程なくふわふわと湯気を立てた天麩羅蕎麦が運ばれてきた。常連らしく注文もとらずに品が出てくるのが良い。私は地元にある行きつけを思い出した。

「私も地元に行きつけがありましてね」

箸を割って何となしに話す。

「丸天が旨いんですよ」

丸天というのは所謂薩摩揚げのようなもので、地元の特産物だ。素朴で気取りのない丸天があっさりしただしによく合って、いや、これが癖になる旨さなのだ。元々私の地元では蕎麦より饂飩が盛んで、東京で蕎麦を手繰って以来真っ黒な汁に浸かり込んだ蕎麦に目が無くなった私は在郷では少々変わり者なのだが、それでも丸天饂飩は日常の逸品であって他所に胸を張って勧められる佳食である。

「丸天ですか」

男が聞き慣れぬらしい蕎麦の名に顔を上げる。

「私の地元の特産物でして。薩摩揚げと言えば通りがいいでしょうかな」

「薩摩揚げと饂飩ですか。それは面白いですね。旨いですか」

「そりゃあ旨いですよ。一杯や二杯で止められる味じゃありません」

私は頷きながらずずっと蕎麦をすすり込んだ。

「お、旨い。これは丸天に劣らず旨いですね。ん、ほう、天麩羅も旨い」

甘い南瓜の天麩羅をかじりながら破顔すると、男も嬉しそうな顔で天麩羅をかじった。

「そうですか。旨いですか」

「旨いです」

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