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青色幻燈

第2章 寒地にて


「貴方のやりようは実に解り易い。生徒たちが実際田圃に出たときにそのまま役に立つようなことだけを教えてらっしゃる。生徒の家の田圃の土質は、一反一反調べて回ったのですか」

「ええ」

男は身の置き所のないように落ち着きなく頷く。私は改めて脱帽した。身の置き所がないのはこっちの方だ。

「感服します」

「いや止して下さい。そんな大層なことではないのです」

男は何とも言えない顔で手を振って、困ったように首を掻いた。

「口で言うのも考えつくのも容易いことかも知れないが、それを実践するのは容易いことではありません」

私は我ながら珍しく大真面目に言って、男の顔をまじまじと見る。男は心底辞易しているようで、頬を僅かに紅潮させて心持ち俯いている。

「蕎麦はお好きですか」

男が不意にその紅い顔を上げて私を見返した。

「蕎麦ですか」

脈絡もない唐突な問いに少々面食らったものの、蕎麦ならば私にも一家言ある。

「今回こちらにお邪魔したのには、三つの理由がありまして」

私の言葉に今度は男が面食らった顔をする。私は至極真面目に、いや、実際大真面目に、

「一つはこちらの学校の視察。二つは温泉。そして最後のひとつは…」

「ははあ、蕎麦ですな」

男が得たりとばかりの調子で言うのに、私は真顔で頷いた。

「つかるもたぐるも目のない方です。地元じゃ饂飩は良いんですが旨い蕎麦がなかなか…。こっちは蕎麦処と聞いて楽しみにしておりました」

「それはいい。うん。実にいい」

男はにこにこと頻りに頷いて、両の手を上着のポケットに突っ込んだ。

「どうしましょう。その蕎麦と温泉を私に案内させませんか」

「ほう」

「私も大の蕎麦好きでして」

男はそう言って何故か照れ臭そうに笑う。

「そうですか、貴方も」

私にしてみたら願ったり叶ったりだ。地元の人に案内して貰えれば、湯にしろ蕎麦にしろ間違いはあるまい。

「いいのですか」

「ええ、勿論です。今日授業が終わったら早速出かけましょう」

男はにこにこと朗らかに言う。

「ブッシュへ案内しますよ」

「ブッシュ?」

ポカンとした私を置いて、男はさっさと職員室へ入って行った。

「―ブッシュ?」

呟いたところで予鈴が鳴る。

「次の授業が始まりますよ」

入れ替わりに出て来た教員に促されて、私は仕方なく廊下を歩き出した。
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