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青色幻燈

第2章 寒地にて


こうして一人一人に一頻り注意を与えてから、今度は名指しで自分の家の田圃、もしくは畑に施用する肥料を暗算させる。そうしてそれが正しいかどうかを空でスラスラ答えるのだ。

「そこの魚粕は五貫ではやり過ぎですね。三貫で十分ですよ」

「酒田君の家の田圃ではそういう風に石灰窒素を加えたいのであれば、骨粉は二百五貫でよろしい」

何とまあ。

私は呆気にとられて男が生徒に細かい指導を与えているのに聞き入った。

これはなまなかなことではない。恐らく男は生徒の家の田圃を一反一反回って土質調査をしたのだろう。

全く何とまあ。

私はすっかり驚いてしまった。

実際農家の次男坊で幼少から土に慣れ親しんできた私だが、教壇になって教鞭をとるようになってから、感覚が土の上に立つものから遠のいていたらしい。男の如き実際的な指導を聞いていると、自分が教壇に突っ立つだけで何の役にも立たぬ驕り高ぶった無能のように思えて、どうにも、―恥ずかしくなった。

「どうでしたか」

授業が終わって一緒に教室を出たところで男が問うて来たので、私は苦笑いして首を振った。

「いけませんでしたか」

男がそう言うので、私は慌てて、今度は手を振った。

「そういうことじゃありません。良い授業でした。正直言って、反省させられました」

この男の授業は良い。要点、即ち根本を追及するやり方は、実践的で現実的だ。男に指導された生徒たちは良い農民になるだろう。芯からの農民に成るのに必要なことだけを適切に指導されているのだから。

私はこれまでに幾度となくこれからの農業について、また教育の有り様について、同僚と議論を戦わせていたが、所詮それが、机上の空論でしかなかったことを痛感して、内心赤面していた。
農家の次男坊が、農学校の教員が、何を饒舌になることがあろう。何を口にする前に、先ず土に触れ、耕すべきなのだ。

この男はいずれ農民になるであろう生徒たちに何を指導すればいいかをよく知っているし、またそのために何をすべきかを知っているようだ。羨ましくもあり、口惜しくもあり、そして恥ずかしくもある。
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