第2章 寒地にて
「白菜漬けです」
男は私の笑顔に嬉しそうに頷いた。風呂敷から取り出したガラスビンの中には、良い具合に漬かった白菜が詰まっている。
「良かったら飯のときにでも食べて下さい。生徒が育てて私の母が漬けたものです」
男はもうどうにも止まらぬようににこにこにしながら、全く嬉しそうだ。
「身内のつくったものを褒めるのも何ですが、これはもう疲れが飛ぶ程旨いですよ」
「いや、これはどうもご丁寧に。すいませんな」
私は恐縮しながら、しかし遠慮なしに白菜漬けを受け取った。男はそんな私になおも嬉しそうな笑顔を向けている。見ている方で心配になるような人のいい顔だ。
「では、今日はこれで」
男は早くも陽が落ち始めた表に体半分出して軽く頭を下げた。
「また会いましょう」
「わざわざご足労させてしまって、すいませんでした」
慌てて表に送り出そうと靴を突っ掛けると、男は手を振って私を止めた。
「見送りなどは結構ですから、それよりよく休んで下さい」
怖いような顔でそう言うと、失礼しますと告げて今度は振り返りもせずに凄い早足で薄暗がりに消えて行く。
私は白菜漬け片手にそれを見送った。何だか奇妙な男だ。
女中の案内に従って入った部屋は、広くはないがこじんまりしてなかなか小奇麗だった。早速窓を開けようとしたが、凍りついてピクリともしない。しょうことなしに窓辺に腰かけてガラス越しに表を眺めながら、白菜漬けの入ったビンの蓋をキュッとひねる。
成程、旨そうだ。
中の白菜漬けを覗き込み感心しいしい一片つまんで口に放り込む。キュキンと噛むと、旨味がじんわりと口中に広がった。
「ふむ、これはいい」
しみじみ旨い。何しろ旨い。今晩はこれで一杯やるのも悪くない。
女中が入れていったお茶を片手に窓の表を眺めると、辺りは星一つない曇天の下で、すっかり暗いのに薄明るくて、何とも不思議な感じである。雪をかぶった家並や木々がこんもり盛り上がって一瞬何かわからぬような恰好をしている。そうしてぼんやりそれらを眺めているうちに、真暗いのに薄明るい奇妙な景色は、どうやら雪灯りが地面から曇天の夜空を照らしているのだと気がついた。