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第1章 境界上にて邂逅す


切り立った岸壁に特有の、吹き上がる風が顔を打つ。
断崖絶壁、数百メートル下には河があるらしいが、ここからでは闇に没してよく見えない。
途中に白い網目状のものがかろうじて見える……クモワシの巣だ。
そしてそこには多くの卵がぶら下がっている。
あれを一個、取ってくればいい。
至極簡単だった。
“その人”は軽く微笑した。
多数の受験者がたじろぐのを尻目に、軽快に飛び降りる。
狙いを定めて一直線。顔を打つ大気が呼吸を奪うが、気にしない。

……何故か恐怖に似た、不安のようなうずうず感が体の中心から湧いてきた。胸を空く加速度の所為だろうか?

下降中にすれ違いざま、難なくクモワシの巣に掴まろうと――

「ぇ、」

しかし、白い糸を掴むはずの自分の手が見当たらない。
白い糸が踊ってうねる、深い闇色の濁流が目の前で渦巻いている。目の前で。

時は一気にスローモーションになった


深い河だから安心してと試験官は言ったが、高いところから水面に叩き付けられたらどうなるかくらい、普通知っている。


濁流は加速して闇一色になる。闇の方向へ吸い込まんために濁流は加速していく。
ぐんぐんと吸い込まれていく、加速は止まらない/縋るものなど何も無いよ。顔を逸らすことも出来ないからせめて目を閉じる。途端に降りる闇の世界。





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