第1章 境界上にて邂逅す
霧かすみの向こう側に、その人は居た。
彼は刹那、驚愕ともとれる表情を浮かべ、しかしすぐに確信めいた笑みへ。
霧は深く、影が霞む。上は晴れているらしく、微少な無限の水滴に、光は朧に霞んで、ぼんやりと明るい。
わずかな風が動いて、霧に流れを生んだ。
霧はゆったりと流れ過ぎる。一筋の乱れも無く。……その人を透過して。
霧の動きが意味する所を、彼……ヒソカは、気付いていた。
「はじめまして、でいいのかな♦」
その人はやんわり笑っている。仮にも今回の受験生最強……むしろ最凶の相手を目の前に、余裕の笑みさえ浮かべて、泰然として佇んでいた。
「まさかこんな所で逢えるとはね」
とんだ僥倖。
その人は笑みを絶やさない。どこか正体不明の笑顔だった。霧はなお、ゆったりと流れる。まるでそこに誰も居ないかのように。
ヒソカはその笑みを見つめたまま、そうか、違うんだったね、と確認するように呟いた。
「君は何処にでも居る……そうだろう?」
霧に初めて乱れが生じた。笑いさざめいて揺らぐ。像がほんの少し薄らいだ。
「わたしはここに居る」
初めてその人物が声を立てる。目の前からの声は、霧に紛れ拡散し、どこから聞こえてくるのか判然としない。
「じゃ、本当のキミはどこに居る?」
あちらとこちら、距離はわずかに三歩。
わずかながら手が届く距離では無いが、ヒソカの俊敏さならば刹那の間隔。
しかし届かない……触れられない。それをすでにヒソカは承知していた。
たゆたう霧かすみは、光以外何も防げない脆弱なもの。しかしながら深遠の淵の如き境界。
「わたしは、一人。真の意味でたった一人。本当も嘘も関係無い。ただし」
謎めいた事を言う。そして一拍の間を置いた。
目の前の人、しかし声は遠く、霧の幻の様。
「この世には100%も0%も無い」
幻は、先程から変わらぬ笑みを纏っていた。
「それじゃあ、キミの名前は?」
その人物は、そこで初めて身動きをした。顔を反らせて天を仰ぐ。そして……視線はどこでもない場所に注がれる。
「違うよ、知ってるだろう」
視線の先は、
「あなたはわたしの名前を知っている」