第29章 ep3 貴族の事情
「どうして私が止めなくちゃいけないんですか?」
「は…?」
今度はティキが小首を傾げた。
「どうしてって…あんた…」
好きなんだろ、と言おうとしたがやめておいた。
この少女の瞳は純粋すぎて、まだ自身の想いにも気付いていない様子だった。
「あんた…いくつだ?」
「え…16…ですけど…」
ティキは額に手を当ててため息をついた。
(16っていやぁ…もう一通りの事は済んでる筈だろ…)
いや、これは自分だけの傾向かもしれないが…
とにかく、このぐらいの年頃ならキスの一つや二つしてもいい筈。けれどこのという使用人は、キスどころか恋愛すらしたことないのではないか…?
「…それが…どうかしたんですか…?」
「え、ああ…いや…16にしては童顔だなって思って」
適当に流そうとしたが、童顔である事を気にしていたのか、は少し怒った様子でティキを睨み付けた。
(頼むから…そんな顔、好きな野郎にしかしないでくれ…)
女性に対しては珍しく、深い感情が芽生えてしまいそうだ。
「そういえば、ティキさん…ですよね…?」
「ん?なんだ?」
「ティキさん…どうしてさっき、ロードって呼び捨てにしたんですか?」
陰口では目上の人間でも呼び捨てにする傾向はあるが、彼の場合は彼女を憎んでいる様には思わなかった。
「もしかして…ティキさん、貴族か何かですか?」
「そ。察しがいいな」
は小さく息をついた。
脳裏に、赤毛の青年が過ぎる。
(ラビもこの人も使用人。最近は貴族の間じゃ職業体験が流行ってるの…?)
は頭を悩ませた。
「…それだけです、聞きたかったのは。ありがとうございました」
では、とは短く一礼して歩き出した。
「…待てよ、」
ティキの声には振り向く。
「ぇ…」
「あんた…ファミリーネームもっかい言ってくんね?」