第29章 ep3 貴族の事情
―――…
「足元にお気をつけ下さい、お嬢様」
優雅な物腰で馬車の中にいる令嬢をエスコートする、黒髪の執事。歓迎に備えていた使用人達は彼を見て、僅かに頬を染めていた。
その好意的な視線に知ってか知らずか、その黒髪の執事は彼女達に微笑んだ。
「ティッキー、また女の子見てるんでしょ。早く降ろして~」
馬車の中で足をばたつかせて少女は言った。
肩の上で切り揃えた青い髪に、小悪魔めいた瞳が印象的な、可愛らしい少女だ。
黒髪の執事:ティッキーことティキは僅かに息を漏らして少女を抱き上げた。
「お久しぶりです、ロード嬢…と言いましても、貴女が2歳の時にお会いしただけなので、覚えていらっしゃらないかと思いますが」
無表情で、社交的な言葉を口にするユウ。
いや、これが彼なりの微笑みなのだろうか?は思った。
「うん、覚えてなーい」
ロードはティキの腕からするりと抜けて、ユウに駆けて行った。
そして軽い身のこなしで彼に飛びつく。
「僕が覚えてないから、はじめまして?ロード・キャメロットで~す」
切れ長の瞳と小悪魔めいた瞳が絡み合う。
次第に、ロードの方から近づく唇に、は目を見開いた。
「なっ…」
が声を上げる直前に、ラビの手が二人の間に割って入り、ティキが彼女を後ろから抱き上げた。
「失礼。うちの旦那はこういう挨拶にはまだ…」
「すみませんね」
ラビとティキは顔を見合わせ、苦笑いを浮かべる。
ラビの言葉に、ユウが僅かに睨みつけた。
「ロード様、初対面の方にキスは駄目だとお父様に言われたでしょう?」
ティキは言った。
「え~…だって僕、キス魔だも~ん」
ロードは頬を膨らませる。
「さ、さぁ…屋敷に案内しましょう…っユウ様もこちらへ」
半ば引き攣った笑みで、ラビは中へと導く。
「ちっ…」
ユウの小さな舌打ちが、には聞こえた。