第17章 恋愛写真 クロス切裏【HEAVEN番外編】
世界は赤だった…
薔薇のような…深紅の赤…
これは自分の血なのだろうか…
いや、でも痛みはない…
ああ、何かの古書で、激しい痛みの後は神経が麻痺して何も感じなくなると書かれてあった…
だから、もう身体は死んで神経が麻痺しているんだろう…
が、
「ったく、近頃の貴族は走る事も知らねぇのか…」
それは、自分の血ではなかった…
凄まじい爆発音が聞こえたと、同時にその赤は振り向いた。
「っ…!」
は瞳を見開いた。
「結構な美人じゃねぇか」
黒い塊の残骸を背景に、その男はニヤリと笑った。
「こいつは10年後、期待出来そうだな」
そう言って彼はの顎を持ち上げた。
それが、彼との出逢いだった…
クロス様…貴方はいつも、不敵な笑みを称えていた…
逞しい背中は、いつも恋しくて…
「どうして…助けたりしたんですか?」
は怒りをあらわにして男を睨みつけた。
彼の手を振り払い、立ち上がって怒鳴った。
「私は…死にたかったのに…!」
涙を浮かべ、彼の胸板を叩く。
けれど男は静かに言った。
「貴族でも、死にたくなるような事があるんだな…」
「私は貴族になんて…なりたくなかった!」
胸板を叩く手を止め、少女は泣き崩れた。
「好きでもない人と結婚したくないし…何にも縛られたくない…
人を苦しめて平気で笑ってるお父様達なんかになりたくない…!」
初めて人にこんな事を言えた気がした…
今まで抱えていた思いを告げて、少し楽になれた…
は泣きながら上を向いた。
初めて男の顔をちゃんと見た気がした。
自分より10は離れているだろうその男の意味深げな表情に、は目を奪われた…
全身が固まってしまうような、まっすぐな視線。
浮かべている笑顔の裏に影が見える。
は言葉を無くす。
「なんだ…それなら邪魔したな」
「…ぇ…?」
男は懐から短剣を取り出した。
カツ…ッ
それは床に突き刺さる。
「そいつで自分の喉を掻き切ればいい。
一発で死ねるよう、深くな」
それなら他人に殺されるよりマシだろう、男はそう付け足した。
「ぁ…」
突き付けられる死に、は言葉を無くす。