第9章 夏の終末りに想うこと feat:夜久衛輔
夕闇を街灯が照らす中、ふとサナが顔を上げ、俺と目が合った。
『衛輔くん……来てくれたんだね』
「今日で、最期なんだろ」
ぶっきらぼうに言い、隣のブランコに座る。しばらくお互いに何も発さず、どうしようかと思ったところで、サナが口を開いた。
『わたしね、本当は、蒼戸紗凪っていうの。ずっと、探してたの。わたしのこと見付けてくれる人のこと』
彼女は5年間も、自身の存在に気付いてくれる人を探していたのだと言った。当時バレーに青春を捧げていた彼女にとって、不慮の事故は青天の霹靂だったのだろう。死んだ後も、未練が残り、気が付いたらこの公園にいたらしい。
『ここはね、わたしが小さい頃に高校生のお兄さんがバレーを教えてくれた所なの。だから、思い入れが強かったのかな、どうしても、ここから動けなくて』
「俺に会うまで、ずっと……?」
『うん、ずっと………』
そう呟いた横顔は、輪郭がボヤけていた。手足の、先の方が、薄い。
「行っちゃうのか……?」
『うん。最期の最期、衛輔くんに出逢えて本当に嬉しかったよ。また、バレーができたし。本当に、感謝しきれない、ありがとう』
「俺、ひどいことたくさん言ったのに……」
『ううん、そんなことない。それ以上の幸せを、衛輔くんはくれたもの。だから、いいの』
そう笑う彼女の胴体が、透けている。
「なぁ、行くなよ、待ってくれよ。俺まだ、言わなきゃいけないこと、たくさん……っ」
じわりと、視界がぼやけた。彼女の笑顔が霞む。
『その気持ちだけで、十分』
幸せそうに、微笑む。蛍みたいに、小さな淡い光が、彼女を包んだ。
『あ……最期に、名前読んでほしいな。向こうに逝っても、忘れないように』
「いくらだって呼ぶよ。紗凪、紗凪……だから頼む、行かないでくれよ……」
彼女の頬を、一筋の雫が伝う。手を伸ばして、そっと拭ってやった。よかった、今度は触れられた。
『ありがと……さよ、なら………』
光の粒が、紗凪を取り囲む。俺の頬は、涙の筋が幾つも付いていた。
「紗凪?おい紗凪、紗凪っ!」
光が天へと、昇っていく。瞬きをしたその瞬間。ふわりと暖かく懐かしく柔らかな風が、俺を包んだ。
そして―――
『ありがとう、だいすき』
彼女の最期の一言が、宙に溶けた。