第4章 "好き"の行方は知らぬまま、
一方その頃、先程の余韻に浸る孤爪である。
「やわかったな……」
つつ、と指先で自身の唇をなぞる。そこにはまだ、そらの温もりが残っている気がした。それにしても、だ。すごい大胆なことしなかったかな、おれ。支えてあげたとこまではいい、そこまでは。
ただその先―――抱きしめたら、もう離したくないと思ってしまった。止めなくちゃ、と分かっていたのに自制が効かなくて、挙句に項を(ほんのちょーっとだけ)舐めた。同じ人の肌なのに、甘い気がした。
「おー、いたいた、研磨めっけ」
と、呑気に階段を登ってきた黒尾。バレやしないかとドキドキしながら、孤爪は平成を装った。
「あぁ、クロ。リエーフは?」
「そらに言われる前に歯磨きだとよ。それよか研磨、そらとなんかあったか?」
「…なんで?」
一拍返事が遅れたのは、やっぱり少しだけ動揺したから。だが黒尾はそれに気付かないのか、不思議そうな顔で訊ねた。
「なんか、階段からドタバタ聞こえてよ。あとそらの悲鳴?っつーの?まぁ大体予想つくけど」
「たぶんその通りだよ。そらが落ちかけたから、おれが助けた。それでじゃない?」
「うわ、当たった。てかこの年ンなって階段から落ちるとか、そら傑作かよ」
ぶひゃひゃ、と変わった笑い声を上げる黒尾に、孤爪は胸を撫で下ろした。「お前も歯ァ磨いてこい、布団敷き手伝ってくるから」と言い、去り際に黒尾は孤爪の頭を一撫でした。
「クロ、ごめんね………」
これが、最後の足掻きだから。もう、諦めるから。そらがおれを、恋愛対象に見てないなんてとっくに知ってた。だって、ずっとそうじゃん。おれといるとそらは"お姉さん"とか"先輩"の顔をする。でもクロといる時は"女のコ"の顔してるって、クロは知らないでしょ?おれには分かるんだよ、だって。
だって、おれたちは幼馴染みだからね。
「クロ、がんばれ………」
黒尾の消えた部屋を見詰め、孤爪は呟く。階段を下るその背中は、どこか寂しそうだった。