第35章 水とワイン/Água e Vinho【おそ松/マフィア松】
「っ……」
少し間があき、ゆっくりと男がうしろに倒れた。
「え……? オソマツ……さん……?」
愛菜の不思議そうな声。
俺は銃を手に大きく息を吐いた。
「だから言っただろ。おまえは才能ないんだよ」
かなりギリギリだったがな。さすがに焦っちまった。
「え? え? 今……??」
愛菜が俺と倒れた男を見比べる。
「バカだよな〜。なんで俺が銃を持ってるって思わないんだろうな? だから素人なんだよ。普通は一番最初にチェックして奪うだろ。んなもん、プロの俺が銃を出して撃つほうが早いっつーの! 正確に当てれるしな」
俺が怪我をして倒れていたから油断したんだろうな。でも片腕は自由だから撃つぐらいできる。甘いんだよ。
「じゃあ、撃たれてはないんですよね!? よかった……!」
愛菜が駆け寄ってきた。心配そうにボロボロと涙をこぼす。
「うん。撃たれてない。でもけっこう出血してるし、そろそろ限界……」
安心したとたん、頭がクラクラしてきた。
「そんな! ど、どうすれば……! 私、運転できないから町に戻れないです!」
愛菜がオロオロと慌てだす。
「ここで待ってれば、弟たちが来てくれるだろ。それよりさぁ、俺の頭を支えて上げてくんない? なんか息が苦しい……」
「は、はい!」
愛菜が俺を抱き起こした。後頭部に彼女の柔らかい胸が当たる。
「あんがと。でもまだ苦しいな……」
「ええっ!」
「悪いんだけどさぁ、ちょっと俺の顔を見てくんない? 倒れたときに鼻折れたかも」
「鼻が!? わかりました!」
愛菜の顔がぐっと近づく。温かい息が当たり、ホッと心が緩んだ。
愛菜が無事でよかった。
そして……俺も生きていてよかった。
今まで死ぬのを怖いと思ったことはなかったのにな。
激昂した男が銃を向けたあのとき、俺は恐怖を感じたんだ。
もう愛菜と一緒にいれないかもしれない。
そう頭によぎった瞬間、俺は心の底から死にたくないって思ったんだよ。