第35章 水とワイン/Água e Vinho【おそ松/マフィア松】
「おい、愛菜! よりによってなんでこの男なんだよ!」
「い、痛っ……」
髪を掴んだまま、愛菜の頭をガクガクと振る。
「市長になるのを応援してくれるって言ったじゃないか!」
「は、離して……!」
男は愛菜の髪から手を離すと、うしろから抱きかかえた。
「よく考えろよ。俺は次の選挙で市長になる。こんなやつよりも俺についていたほうが賢いぞ。市長婦人になりたくないか? 手を貸してくれよ。おまえから警察に証言するんだ。全部こいつのでっちあげで俺は被害者だ、って」
「ぜ、絶対にイヤです! 警察に訊かれても私は真実を話します!」
「そうか……おまえは本当にかわいそうな女だな……」
男は縛られていた愛菜の手を自由にした。愛菜に銃を握らせ、手を添える。俺に銃口を向けた。
「や、やめて! 何する気!?」
「おまえがこいつを殺すんだよ。俺はおまえを警察につきだす。殺人犯の女が証言したところで誰も信じないからな!」
「いや! 離して!」
俺はなんとか上半身を起こした。恐怖に慄く愛菜の顔。そのうしろで必死の形相の男。銃口はまっすぐに俺の頭を捉えていた。
くそっ……。もう少し身体が動けば……。
「っ……愛菜……」
「オ、オソマツさん……」
もうここで好きな女に殺されるか? いや、愛菜に殺人を負わせるわけにはいかない。
俺はニヤリと笑った。
「撃ってみろよ。この俺を素人が殺せるわけないだろ……」
「や、やめて、オソマツさん! 挑発しないで!」
「それにしても情けねぇ男だな〜。動けない相手を撃つのにも、女の手を借りなきゃできないなんてさぁ〜」
瞬間、男の顔色が変わった。
「うるせぇ!! だったら、俺が殺してやるよ!!」
銃を取り上げ、男は愛菜を突き飛ばす。間髪入れずに一発。銃声が響いた。
「いやぁああ!」
愛菜の金切り声。