第35章 水とワイン/Água e Vinho【おそ松/マフィア松】
「とりあえず戻るぞ。密造をしているのはこの目で確認できた。あとは捕まえて警察に突き出すか、俺たちで落とし前をつけるか――あれ? 愛菜?」
振り返ると愛菜の姿がない。
俺は慌てて飛び出した。
誰もいない。なんの音もしない。ただ美しい畑がどこまでも広がっているだけだ。
「愛菜! どこだ!?」
嫌な汗が出てくる。
農具庫の周りをぐるりと一周してみるがいない。隣の倉庫にも行ってみるが結果は同じだった。誰もいない。
「愛菜!!」
どこだ? どこに行った?
俺はあたりを走り回った。
「くそっ……」
手当たり次第探してみるが、そもそも人が隠れられそうな場所なんてほとんどない。足を滑らせて落ちたのかもしれないと水路も見てみたが違うようだ。
もしかして俺に愛想を尽かして逃げたのか?
密造なんて物騒な話を聞いて嫌になったか?
たしかに愛菜が心変わりしてもおかしくない。俺たちの世界は愛菜の住んでいた世界とは違う。たとえ自分が加担していなくても犯罪は向こうからやってくる。
見たくなくても目に入る。耳を塞いでも聞こえてくる。
この世界にいる以上、避けては通れない道だ。
やっぱり澄んだ水をワインで染めるなんて無理だったのか……。
念のため車に戻ってみる。座席を覗くが、もちろんいない。
まさか歩いて帰ったか? いや、そんなわけはない。町まではとても歩ける距離じゃない。
俺はあたりをもう一度見回し、赤銅色の空を仰いだ。
ムクドリの群れが鳴きながら頭上を旋回している。日没が近い。
「まずいな……」
暗くなったら見つけるのは難しい。
愛菜、頼むから俺の元からいなくなるなよ。俺はもうおまえなしじゃ……。
そのとき、視界の端で何かが一瞬赤く光った気がした。
「っ!」
ぶどう畑のほうだ。
目を凝らすと、夕陽に反射してまたキラリと光る。