第35章 水とワイン/Água e Vinho【おそ松/マフィア松】
「んでもって、選挙の準備で忙しいからめったに会えない、と」
「…………」
俺はバールで錠をぶっ叩く。
「んなもん嘘だよ。ここに来てたから忙しかったんだ」
壊れた南京錠を外して、きしむ扉を開いた。中を覗くと、ツンと独特の香りが鼻をつく。
「あの……? ここって……」
愛菜が心配そうに見上げてくる。
「言っただろ。ワイン作りの見学に来たって。愛菜も見てみろよ」
俺のうしろから中を覗きこんだ愛菜が言葉を失った。
農具なんて置いていない。代わりに大きなドラム缶とバスタブのようなものが置かれている。他にも農作業とは全く関係のない器具が散らばっていた。
「オソマツさん、これはなんですか?」
俺は壊れた錠前を投げ捨てた。
「酒の密造だよ」
「みつぞう……?」
「おまえの婚約者は、ここで不正な酒を作ってんだ。たぶんこっちに入っているのがワイン。どうやって発酵させたかは予想がつくけど……まあ気分が悪くなるから聞かないほうがいい。とにかく質は最悪だよ」
「…………」
「んで、これがたぶんお手製の蒸留装置だ。ウイスキーでも作ってんだろ。度数上げるためにあとから色々足してるだろうな。そのせいで目が潰れるって噂もある。どっちにしろまずくて飲めたもんじゃない」
愛菜は改めて農具庫の中を見回した。
「まずくて飲めなくて目が潰れるのにお酒を作るんですか? 意味がわからないですけど……」
俺もわかんねぇ。それでも莫大な金が動いているのは事実だ。
「どんなにひどい酒でも欲しがるやつはいる。買う人間がいるんだよ。裏で売りさばいてんだろうな」
「…………」
俺たち一家が探していたのは、これだ。
美しいワインを愛でるどころか、穢れたもんを作りやがって。しかも密造はマツノ・ファミリーのしわざだと噂を流しやがった。
俺たちは潔白だってのに。
警察が犯人を見つけてくれれば一番よかったが、アツシのやつは俺を捕まえたくてしかたがないからな。てんであてにならない。
だったら、俺たちが自分で犯人を見つけるしかない。
マツノ・ファミリーに罪をなすりつけるだと? いい度胸だ。俺たち一家を侮辱したやつは許さない。
まさか愛菜の婚約者が密造の犯人だとは思わなかったがな……。