第35章 水とワイン/Água e Vinho【おそ松/マフィア松】
「ち、違うんです!」
愛菜が突然大きな声を出す。
「へ……?」
俺はグラスを持つ手を止めた。
「違うんです……。私も……自分で信じられないし、いけないと思ったんですけど……でも……やっぱりオソマツさんがいいんです。婚約者がいて結婚の話も進んでるのに……オソマツさんのことを……好きになっちゃったみたいで……」
「…………」
愛菜は泣きそうな顔で俺を見上げる。
「私、どうしたらいいんでしょう? オソマツさんと一緒にいたいって言ったらだめですか……?」
「っ!」
だめなわけないだろ。俺だって愛菜がいい。でも一度手に入れたら、婚約者のところには死んでも帰さない。愛菜が本当に俺との未来を望んでくれるなら、俺ももう迷わない。
飲みかけていたワインを煽ると、ガラス棚から新たにグラスを二脚出す。片方にワインを、もう片方にミネラルウォーターを注いだ。
「なぁ、愛菜。どっちが飲みたい?」
「え?」
「水とワイン。どちらかひとつしか飲めませーん」
二つのグラスを目の前に並べて置く。
「オソマツさん……?」
愛菜は困惑した顔で俺を見上げた。
「喉が渇いているだろ? 本当に飲みたいほうを選べばいい。ただし、こっちが婚約者との結婚で――」
俺は水を指差した。
「――こっちが俺の女になる道な」
次にワインを指差す。
「っ……!」
愛菜は改めてグラスに視線を落とした。
「あ、あとから『やっぱりあっちが飲みたかった〜』ってのは、なしだからな」
さあ、どっちを選ぶんだよ、愛菜?
水はおまえが元からいる世界だ。安全で穏やかで平和な澄んだ場所。幸せが約束され、汚いものは見なくても済む。
ワインは俺たちのいる世界だ。クセになるほど刺激は強く、芳醇な香りを持つものもある。しかし、すべてが美しいとは言い難い。純粋なワインもあれば、金や欲という不純物にまみれた密造酒だってある。
共存はできない。混じり合うことはできない。
おまえと俺は、水とワインなんだ。
一緒になるには覚悟がいるんだよ。
愛菜はワインの入ったグラスにゆっくりと手をかける。しかし、少し迷うと手を引っ込めた。