第35章 水とワイン/Água e Vinho【おそ松/マフィア松】
愛菜の訴えるような潤んだ瞳。ぽってりとした色っぽい唇。清楚な服の上からでもわかる豊満な胸。
昨夜の熱い記憶が蘇り、ムラッと湧き上がる衝動。
「っ……くそっ……!」
耐えきれずに立ち上がる。このまま見つめ合っていたら、つい抱きしめてしまいそうだ。
「オソマツさん……?」
「やっぱりエスプレッソなんかじゃ全然ダメだな……」
俺は愛菜に背を向けると、部屋の隅のガラス棚からグラスを取り出した。何本か置いてあったワインボトルを適当に選んで注ぐ。一気に飲み干すと、もう一杯注いだ。
「なあ、愛菜……」
「はい?」
「昨日のこと……嫌だった?」
「え?」
俺は振り返った。喉が熱い。
「俺は……正直……もっと愛菜とああしていたかった……。できれば最後まで……愛菜を抱きたかった……」
「っ……!」
あのとき感じた気持ちは、衝動は、俺の勘違いなのか? 愛菜も感じてくれたんだよな? 知りたい、愛菜の気持ちを。
「愛菜は本当は嫌なのに我慢してたのか? 俺のスーツを汚したから? ドレスやネックレスをもらったから? 俺がマフィアで逆らうと怖いから? なぁ、頼むから正直に教えてくんない?」
「…………」
愛菜は答えずにうつむいた。
広い部屋に広がっていく沈黙。とたんに俺の胸に絶望が影を落とす。
……だよな。そんな都合のいい話があるはずないよな。普通の良識ある女はマフィアのドンなんか好きにならない。だいたい『嫌だけど我慢してました』なんて、思っていても本人を目の前にして言えるわけがない。
あ〜あ、ちょっと期待しちまった。完ッ全に失恋。しばらく俺、立ち直れないかも。
ため息をついて、グラスに再び口をつけると、愛菜が「オソマツさん」と顔を上げた。
「ん?」
「私……」
愛菜は少し迷ったように口をどもらせる。
「あー、いーよいーよ。気を使わなくても。マフィアなんか危なくて相手にできないよな。わかってるって。愛菜の幸せを壊すつもりはないしさ」