第35章 水とワイン/Água e Vinho【おそ松/マフィア松】
怖いよな。わかるよ。マフィアの女なんてさ、俺だったらイヤだもん。
愛菜の手が今度は水の入ったグラスへと伸びる。数回グラスを撫でると、迷ってまたワインへ。まるで蝶がフラフラと花から花へ彷徨っているみたいだ。
「オソマツさん……」
「ん?」
「オソマツさんはどっちを選んでほしいですか?」
思わず苦笑する。
「決まってんだろ。ワインだ。俺のスーツを誰かさんが見事に染めたみたいな真っ赤な色のな」
あのとき、おまえは俺の心にまで消えない染みをつけたんだ。
「じゃあ、オソマツさんがもし私ならどちらを選びますか?」
俺が愛菜なら?
グラスに視線を落とす。
「どうだろうな……。水かもな。水を選べば、今まで通り何も変わらない。親も喜ぶしさ。ワインのように悪酔いさせる輩はいない。穏やかで幸せな日々が続くからな……」
好きな女に勧める選択肢じゃない。でも本音だ。
「そう……ですよね……」
愛菜は水のグラスを握った。
「愛菜……」
彼女が静かに俺を見つめる。
「オソマツさん、決めました。私はこっちを選びます」
「そうか……」
「はい」
次の瞬間、愛菜は突然ワイングラスを掴むと、ぐいと一気に煽った。
空になったグラスを勢いよくテーブルに置く。濡れた唇の端から赤い液体が垂れた。
「おいしいワインですね」
手の甲で拭い、妖艶に微笑む愛菜。
さっきまでの不安そうな表情は消え、堂々と自信に満ちている。覚悟を決めた女の顔。
愛菜はあの男よりも俺を選んだ――。
胸に熱いものがこみ上げる。
「愛菜っ……! 来い……!」
俺は彼女の腕を掴んで引っ張り上げた。椅子が派手に倒れる音。愛菜の身体を抱きしめ、唇を奪う。
「んんっ……!」
熟れたカシスの香り。強引にねじ込んだ舌の先に触れる熱い肉と甘い唾液。俺は夢中で吸い上げ、愛菜とのキスに没頭する。