第35章 水とワイン/Água e Vinho【おそ松/マフィア松】
くそっ、なんだ、それ。かわいい反応しやがって。
俺まで照れくさくなって、目をそらす。
「と、とにかくさ、俺はいいよ。愛菜が使えばいいから。早くしまいなよ」
「はい……じゃあ……。ありがとうございます」
愛菜は素直に紙包みをバッグにおさめた。
俺はエスプレッソをひとくち飲む。
「え〜っと……で、今日はその……婚約者は? 一緒じゃないの?」
いきなりバカな質問をしてしまった。婚約者はさっきまでカラマツがシメてたんだから、愛菜といるわけないだろ。
「今日ですか? さあ……? たぶん選挙の準備をなさってると思います」
「そ……そうなんだ? デートとかしないの?」
「はい。お忙しいらしいので会う機会もなくて」
へ? 婚約者なのに? やけにドライだな。
俺は愛菜に視線を戻した。
「なぁ、親に決められた婚約者って言ってたよな? 愛菜はそいつのこと好きじゃねぇの?」
ストレートすぎるか? でも一番気になるところだ。
愛菜は下を向く。
「好きかどうかなんてわかりません。実はお会いしたこと自体、まだ数回しかないんです」
「そうなの? んじゃ、好きでもないやつと結婚すんの?」
「そうなりますね。でも結婚して一緒に暮らせば、気持ちはあとからついてくると父に言われました」
穏やかに微笑む愛菜。
なんだよ……。好きじゃないやつとでも結婚できるなら、俺と結婚してくれよ……。
喉まで出かかって、なんとか飲み込む。
だからって、マフィアと結婚なんて冗談じゃないだろう。
「まあ、納得してるならいいけどさ……。愛菜は好きな男いないの?」
「っ!」
愛菜がハッと俺の目を見た。思いがけない反応にこっちまで釣られてドキッとしてしまう。
「好きな人……ですか……」
愛菜の瞳が切なそうに揺れた。期待が俺の胸を熱くする。
気のせいか? 気のせいじゃないよな? 俺だろ? 俺のことが好きなんだろ? 『オソマツさんが忘れられない』そうなんだろ? そうって言ってくれよ。
「「…………」」
俺たちは無言で見つめ合った。