第35章 水とワイン/Água e Vinho【おそ松/マフィア松】
「今日は警察があとをつけてるみたいでさ。あんまりよくないだろ? 市長選候補者の婚約者がマフィアと通じてるなんてさ」
「でもオソマツさんは、市長さんと仲いいですよね? 似たようなものでしょ?」
愛菜はのんびりと微笑む。あまり深刻には捉えていないらしい。大丈夫か?
「あれは仲いいっていうか……え、愛菜には俺と市長が仲良しのオトモダチに見えてたの?」
「違うんですか? 古くからのご友人なんですよね? なのに、私を庇って喧嘩させてしまって……。本当にすみませんでした……」
「…………」
俺と市長が『ご友人』か。おめでたい発想だ。
やっぱり愛菜の見ている世界は違う。彼女の前に広がるのはすべてが美しく澄んだ世界。
一方、俺たちが住みついているのは、コネに生かされ、コネに殺されるドブの底。のしあがるのも、突き落とされるのも一瞬の腐った場所だ。
「オソマツさん? 私、何か変なこと言っちゃいましたか?」
「いや……」
俺は鼻の下を擦りながら苦笑いした。
「なんでもない。立ち話もなんだし、俺の部屋に行こうか。何か飲むだろ?」
部屋に案内して部下にエスプレッソを持ってこさせる。
愛菜は椅子に腰を下ろすと、バッグの中から紙包みを出した。
「さっき市長さんの事務所に行ってきたんです。ちゃんとお給料をもらえました。ありがとうございました」
「そっか、よかったじゃん!」
「それでこれはオソマツさんに……」
紙包みを差し出す愛菜。
「へ? なんで?」
「スーツのクリーニング代にもならない額で申し訳ないですが……」
「は!? いいって! スーツならまだいろいろ持ってるしさ! 愛菜が働いた金だろ? もらえないって!」
紙包みを押し戻すと、指先が愛菜の手に触れた。それだけで胸がざわつく。
俺は乙女か? 情けない。
「でも……」
「もう充分返してもらったって! 昨日、車の中で」
「っ!」
愛菜の顔がみるみる赤くなった。