第35章 水とワイン/Água e Vinho【おそ松/マフィア松】
「ああ。ただし選挙には出るなよ。もし仕事が欲しくなったら訪ねてこい。今はさっさと出ていけ。モタモタしてんなよ。あと10秒たったら撃つかんな?」
銃をチラつかせると、男はよろけながらも慌てて出ていった。
部下たちが不思議そうに顔を見合わす。カラマツが俺の胸ぐらを掴んだ。
「おい、オソマツ! なんだ、これは?」
「ん〜? 何って、これで仕事はオシマイッ! もう帰ろうぜ。俺、腹減った〜」
「フザけるな! 選挙に出るなと言い聞かせたぐらいで、辞退すると思うか? 確実にやらなきゃ意味がないだろう!」
わかってるよ、そんなこと。
自分でも不思議だ。
なぜ俺は好きな女の婚約者なんかを守ろうとしている? むしろ殺せば都合がいいんじゃないか? 今まで私情を仕事に持ち込んだことなんてなかったのにな。
「カラマツ……もういいんだよ。もし諦めないようなら、また俺が話をつける。ドンの俺がいいって言ってんだ。わかってくれ」
「っ……」
カラマツはまだ何か言いたそうな顔をしていたが、静かに手を離した。
「あんがとな、カラマツ」
「礼を言われる筋合いはない。どうなっても知らないぞ、オソマツ。一時の情けで身を滅ぼした愚かなやつらを散々見てきたじゃないか」
「そうなんだよなぁ。俺も焼きが回ったかもな。まあ、いーじゃん! とにかく帰ろうぜ」
出口に向かって歩き出すと、カラマツが俺の腕を引っ張った。
「話はまだだ! 警察の件はどうなっている? 時間を稼げそうなのか?」
俺はゆっくりと振り返った。
「ああ、大丈夫だろ。市長のやつが話をつけているはずだ。しばらくは警察もおとなしくしてるだろ」
「『例の』野郎を見つけるぐらいまでは邪魔されずに済むってことだな?」
「たぶんな。ジュウシマツに早く探しだせって言っておいてよ」
「断る。自分で言え。長男だろ?」
ずるくね? こういうときだけ長男扱いだもんなぁ。俺たち、六つ子だよ? みんな同い年じゃん!
「えー、俺、そういうのめんどくさい。じゃあ、『ジュウシマツに言っておけ』ってイチマツに言っておいてよ。それで解決じゃん! 俺って、頭いい〜! んじゃ、先に帰ってるから!」
「…………」
暗い倉庫から出ると、日の眩しさに目がくらむ。薄暗い世界を生きる俺には、外の世界は明るすぎた。