第35章 水とワイン/Água e Vinho【おそ松/マフィア松】
「うっ!」
オソマツさんが顔を歪める。
「あ……! すみませんっ……」
慌てて離れようとすると、手を引っ張られた。
「いいよ……そのまま少しだけ撫でてよ……」
色っぽい言い方に息が詰まる。オソマツさんの余裕のない表情にみとれてしまいそうになる。
「あのっ……でも……私、本当にまずくて……」
「大丈夫。見えないから……。この車、座席の位置が高いだろ? な? こうやって優しく撫でて……」
服越しなのに熱くなっているのがわかった。カチカチに硬く太くなっている。
「っ……」
子宮がキュッと縮まる感覚。ごくんと喉が鳴った。
私まで変な気分になっちゃう……。こんなこと思ってはいけないんだけど、オソマツさんが興奮してくれてるの、すごく嬉しい……。
顔を赤くしながら、ハァハァと息を吐く彼。
「なあ、愛菜って一人暮らし? もう少し一緒にいたいんだけどさ……寄ってもいい?」
「…………」
そんなせつなそうな顔しないで。私だってオソマツさんともっと一緒にいたい。でも……。
「なんだよ。おまえなんか来るなって?」
「い、いえ……。私の家なんて小さくて汚いですし……それに……」
「それに?」
まさか人生でこんなにドキドキできる人に出会えるなんて思ってもいなかった。でも……私が恋をすることは許されていない……。
「私……親に決められた婚約者がいるんです……」
「っ!」
オソマツさんがハッと目を見開いた。
「すみません……」
「い、いや、ごめん! だから、だめって言ってたのか。ちゃんと聞かなくてわりぃ……。つい夢中になっちまった……」
違う。オソマツさんは悪くない。我を忘れてしまった私が悪い。
車は家のすぐ近くの通りに入った。
オソマツさんが苦笑いしながら鼻の下を擦る。
「本当にごめんな。浮かれちゃったよ。婚約者かぁ……。親に決められてるってことは、いい男なんだろ? 何してる人?」
「今は無職です。選挙に集中するために仕事を辞めたばかりで」
「選挙……?」
オソマツさんの顔から笑いが消えた。
私はうなずく。
「はい。来月の市長選に出る予定なんです」
大きなブレーキ音とともに、車が家の前で止まった。