第35章 水とワイン/Água e Vinho【おそ松/マフィア松】
「すみません! でも、私はそんなつもりじゃなくてっ……」
「口ごたえする気か? 仕事を途中で放り出しておいて? これだから女というやつは――」
「なあ、やめろよ」
オソマツさんが突然遮った。
さっきまでのフザケたような笑顔は消えている。たったひとことなのに、凄みがあった。
「え? マ、マツノさん?」
目を丸くする市長をオソマツさんは静かに睨んだ。
「『女は』『女は』って、性別は関係ないだろ? これからはもうそんな時代じゃなくなっていくんだよ。政治家なら気づいてんだろ?」
「…………」
「とにかく彼女には非はない。こっちが全部悪い。俺がぶつかって、俺が気絶させて、俺が連れて帰った。給料も払いたくないなら俺が払う」
え!? オソマツさんが私の給料を!? なんで!?
びっくりして口を開きかけた私に『何も言うな』と腕を伸ばして牽制するオソマツさん。
市長も驚いたらしく、オロオロと手を動かす。
「い、いや、マツノさんにお支払いさせるなんてとんでもない! しかし、無責任な女に給料なんて――」
オソマツさんがギロリと市長を睨んだ。まるでそのまま殺してしまいそうな迫力。横で見ている私までゾクリと悪寒が走る。
「なあ、市長さん。頼むから俺を不快にさせないでくれよ……。あんたとはこれからもうまくやっていきたいんだ。どういう意味かわかるだろ……?」
市長がハッと顔色を変えた。
「わ、わかりました、マツノさん! 見苦しいところをお見せしてすみませんでした! こちらこそ、これからもよろしくお願いしますよ! ……君! 明日にでも私の事務所に給料を取りに来たまえ。これが住所だ」
胸ポケットから出したメモ用紙に走り書きをすると、私の手に強引に押しつける。「それじゃ」と帽子を上げ、逃げるように市長は帰っていった。
私はポカンと市長のうしろ姿を見送った。手の中にはくしゃくしゃになったメモ用紙。
結局、給料もらえるの? もちろん、もらえたほうが助かるけど……。
「ったく、若い女がおっさんに怒られてるのなんて見たくないっつーの。せっかく愛菜と食事していい気分だったのにさぁ〜。なぁ?」
オソマツさんが目を細め、私の頭をポンポンと軽く叩いた。
さっきまでの恐ろしい雰囲気は微塵もない。