第35章 水とワイン/Água e Vinho【おそ松/マフィア松】
オソマツさんが振り返る。
「だからさ〜、あげるって言ってんじゃん。ネックレスもドレスも持っててよ」
「で、でも、こんな素敵なドレス、着る機会がないですし」
「んじゃ、俺とまた食事でもする? そのとき着てくれたらいいじゃん。似合ってるって! すっげぇ可愛いよ!」
「っ……」
なんでそんな子供みたいに無邪気に笑うの? マフィアのくせに。いい人なのか悪い人なのかよくわからない。完全な悪人なら近づかなければいいだけだ。でも、そうじゃないから混乱してしまう。
「どした? 行くぞ?」
オソマツさんに手を引かれて玄関を出る。外はもう真っ暗。周りを見回すと、高級住宅が立ち並んでいた。
なんとなく場所はわかる。今日の会合があった会場からそんなに遠くはない。
「あ、階段になってるから気をつけて」
私を気遣って、玄関前の石段をゆっくりと下りてくれるオソマツさん。
私もうなずいて一歩踏み出した瞬間、
「おっ! マツノさん!」
聞き覚えのある声が通りに響いた。
「あー、市長さん。何? 今帰り?」
オソマツさんの言葉に顔を上げると、目の前には市長が立っていた。
「ああ、ゲストを駅まで送っていったところでね……って、君! こんなところにいたのか!」
市長の視線がオソマツさんから私に移った。
「はい、あの――」
「君! マツノさんのスーツを汚したんだって!? 大切なゲストになんてことをしてくれたんだ! しかも仕事の途中で会場からいなくなったそうじゃないか! 臨時に雇ったとはいえ、そんな態度じゃ許さんぞ!」
そうだった。すっかり忘れてたけど、給仕の仕事は夜まで契約していたんだった。仕事を放って途中で帰ってしまったことになっていたのか……。
「まあまあ、そんな怒んないでくださいよぉ。ぶつかったのは俺だしさ。倒れてたから俺が連れて帰っちゃっただけだから」
オソマツさんがヘラヘラ笑いながらフォローしてくれる。
「いや、庇わなくていいですよ、マツノさん。やはり学のない女は仕事に対して意識も低い。雇った私が馬鹿でした。どうせ今日だって、はなから仕事なんてする気もなかったに違いない。金持ちの男を見つけに来ていたんですよ。君! 今日の給料は払わんからな!」
気に障ったのか余計にヒートアップする市長。