第35章 水とワイン/Água e Vinho【おそ松/マフィア松】
「……わかった。任せてくれ。死なない程度に脅して辞退させればいいんだな?」
「ああ、死ななきゃなんでもいいよ。耳ぐらい切り落としておけば間違いないかもな」
え!? なんの話!? 会話が物騒すぎる。どんな顔してここにいればいいの?
「おい、オソマツ」
私の視線に気づいたカラマツさんが気まずそうに咳払いした。
オソマツさんもハッと私を見る。
「あ〜、なんでもないよ! 気にしないで! でさぁ、君、名前は? さっき訊くの忘れちゃったよぉ」
とたんにニコニコと笑顔になる。
「愛菜です……」
「愛菜ね。家はどこ? 送っていくからさ」
「いえ……ひとりで帰りますので……」
「無理無理。もう暗いんだから危ないよ? 送らせてよぉ。車を出させるから」
「…………」
高級スーツにワインをかけてしまっても嫌な顔ひとつしなかったオソマツさん。いい人なのかなと思ったけど、さっきの危ない会話で目が醒めた。やっぱりマフィアはマフィアだ。信用できない。
「おい、オソマツ。スィニョリーナが怖がってるぞ? 女性の前で乱暴な話はするもんじゃあないな」
「え、俺ってそんなに怖い? 大丈夫大丈夫! 美人には優しいから! んじゃ、行こうか!」
オソマツさんが立ち上がり、私の席まで来て手を差し出した。
怖いけどさっさと家に帰りたいのも正直なところ。
しかたなくオソマツさんの手に手を重ねると、私も席を立った。
「お邪魔しました……」
「ああ、気をつけて帰ってくれ。ブォナ・セラータ(素敵な晩を)」
カラマツさんが穏やかに微笑む。
この人はまだ一番優しそうに見えるけど……。
オソマツさんは私の手を引っ張って部屋を出た。長い廊下を抜け、玄関ホールへと続く階段を下りる。このまま家を出るつもりらしい。
「あのっ! 待ってください! 私、ドレスをまだお返ししてないんですけど!」
もちろんルビーも身につけたままだ。