第35章 水とワイン/Água e Vinho【おそ松/マフィア松】
察しがいい。そういうことだよ。
なんのためにこんな腐った会合に足を運び、つまらない演説を我慢して聞いてやったのか。
俺たち一家が警察の連中に手を出すのは厄介だ。拗れれば面倒なことになる。こんなときぐらい市長のおまえが動いてくれなきゃ、手を組んでやっている意味がない。
市長は媚びた笑顔で俺を見上げた。
「任せてください。警察上層部にはツテがあります。早速明日にでも話を通しましょう。その代わり、対立候補者の件、よろしくお願いしますよ?」
「ああ、もちろん。なら、話は成立だね」
お利口だよ、市長さん。俺たちにすり寄っていりゃ、選挙で再選できて金銭面も助けてもらえる。俺たちが仕切っている賭博や様々な商売の恩恵も少なからず受けられる。アホな警察に裏から手を回すくらい安いもんだよな?
「わかりました。ではまたご連絡を差しあげますから」
市長は俺の耳から顔を離すと、目配せをした。周りはもちろん気づいていない。
「ああ。んじゃ、市長さん、よろしくぅ〜」
用が終われば、さっさとこの場を離れたほうがいい。俺も何食わぬ顔でひらひらと手を振ると、踵を返して歩き出した。
瞬間、
「きゃっ!?」
「おわっ!」
盆を持って歩いてきた給仕の女性に勢いよくぶつかった。ワイングラスが盆の上で派手に倒れる。先週仕立てたばかりの白いスーツの胸元があっという間に赤く染まった。
「ああっ! 申し訳ありませんっ!」
女性が慌てて盆をテーブルに置いた。
チッ、油断していた……。俺ってば、何やってんだよ。
「わりぃ! ぶつかっちまった! お嬢さん、怪我はない?」
「私は大丈夫です! それよりもスーツが! 本当にすみません!」
女性は真っ青になりながら、俺のスーツにハンカチーフを押し当てる。
よりによってかかったのが赤ワインとは運が悪かったな。白ならまだマシだった。ま、しかたねーか。
「いーよ、いーよ。たいしたことないから」
俺は苦笑いしながら、鼻の下を擦った。
「いえ! 本当に申し訳ありません! 弁償しますので!」