第34章 イジワル上司の松野さん【トド松】
そっか。助かったんだ……。
すぐに松野さんがハッとして、私から離れる。
「だ、大丈夫ですよ! 奥田くんが怖がっていたので慰めていただけです。ね? 奥田くん?」
スーツを直しながら立ち上がった。
「あ……は、はいっ!」
「本当に大丈夫ダスか? 二人とも顔が赤いダスよ。中が熱かったダスね? 熱中症になっていないダスか?」
デカパン課長が心配そうに小さな目を瞬かせる。
カメラもないし、中で何をしていたかなんてバレはしないだろう。けど、なんとなくうしろめたい。
私は曖昧に微笑んだ。
「開いてよかったです。ありがとうございます」
「怖かったダスね。すまないダス! 電気系統のトラブルがあったらしくて、緊急停止してしまったダス。今、復旧したところダスよ。巻き込んでしまって申し訳なかったダス」
松野さんが爽やかに微笑む。
「気にしないでください。大したことじゃないですから」
「さすが松野さんはこういうときも落ち着いてるダス! とにかく無事でよかったダス!」
やっぱりバレてはいない。よかった……。
私は見つからないようにホッと小さく息を吐いた。
「じゃあ、ボクたちは社に戻りますので、これで失礼します。奥田くん、行くよ」
松野さんが振り返る。
「はい」
私もうなずいて鞄を拾った。
「大丈夫ダスか? 少し休んでいったらどうダス? 心配ダス」
「ありがとうございます。でも、このあと用がありますので社に戻ります。またご連絡差し上げます」
松野さんは私の手を強引に掴むと、玄関に向かって歩き出した。私もデカパン課長に会釈してついていく。
二人は足早にダヨーン重工を出た。さっきまで暗闇にいたから日の光が眩しい。
「「…………」」
松野さんは何も言わなかった。ただ黙って駅に向かってズンズンと歩いていく。私も特に声は出さず従った。
たぶん考えていることは同じだ。
松野さんが私の手を強く握った。私も握り返す。
「奥田くん……」
「はい」
「その……疲れちゃって……。社に戻る前にちょっと休憩してもいいかな?」
手のひらが汗で濡れて滑るのがわかる。私は松野さんの手を握り直した。