第34章 イジワル上司の松野さん【トド松】
「本当に何もいない? ていうか、奥田くんは暗いのに平気なの!?」
松野さんはもう泣き声。
「別に平気ではないですけど……」
もちろん私だってこの真っ暗な閉鎖空間は怖い。一人だったら耐えられないかもしれない。でも幸いここには二人いる。松野さんがいてくれるから、なんとかパニックを起こさずにいられるんだよ……。
松野さんは震えながらますます強くしがみついてきた。私も彼の背中をさすりながら、じっと聞き耳を立てる。
何も聞こえない。恐ろしくシンとしている。
外はどうなっているんだろう? 止まったエレベーターに誰も気づいていないの?
背中を嫌な汗が流れた。暗い小さな箱の中にこのままずっと取り残されるかもしれない。そう考えると、心臓を乱暴に掴まれたみたいに恐怖で身がすくむ。
「奥田くん? ねぇ、なんで急に黙るの? 手も止まってるよ!? 怖いよ! ねぇ、寝ちゃった? 起きてるよね!?」
怯えた彼の手がおろおろと私の腰から背中へと上がった。
「ひゃっ!?」
ビクッと体が跳ねて、我に返る。背骨に沿って指が上がってきたから、思わず変な声が出てしまった。
「あ……ごめん……」
松野さんの気まずそうな声。
「いえっ! 大丈夫です。すみません。ちょっと考え事をしてました……」
「…………」
今まで気づかなかったけど、よく考えたらこの状況、大丈夫かな? 真っ暗な中で男女が抱き合っているんだよ? おかしくない?
でも松野さんは私のことをきらっている。女性としては見られてないから問題なし……。私だって別に松野さんなんて、男として見てないし!
「松野さん、あの、そろそろ落ち着いてきました? もし大丈夫なら、苦しいのでもう少し力を緩めてほしいかな〜なんて……」
「やだ……」
「…………」
松野さんは相変わらずガッチリとしがみついたまま。
はぁ、一度意識してしまうとダメだ。
松野さんの大きな手は私の腰をしっかりと抱いているし、顔は私の胸に埋められている。互いの膝と膝も触れ合っている。だんだん緊張してきた……。