第34章 イジワル上司の松野さん【トド松】
「「…………」」
エレベーターが降りてくる音。到着チャイムが鳴り、私たちは黙って乗り込んだ。
扉が閉まると、当然二人きりの静かな空間。気まずい空気が流れる。
あーもうっ、苦痛すぎる。早く会社に戻りたい。
松野さんは隣に私がいることなんか気にもしていないように、階数表示をじっと見つめている。
私は思わずため息をついた。
「何? そのため息」
松野さんが前を向いたまま、口を開く。
「へ!? あ! す、すみません! つい!」
「ボクがイヤな上司だって思ってるんでしょ? わかってるよ」
「そ、そんなっ! 別に違います……」
松野さんは冷たい瞳で私を見た。
「いいよ、そういう見え見えの嘘は。君には悪いけど、ボクはもう無駄なことはしたくないから。新入社員に優しく指導してフォローしても、あっという間に辞めるからバカバカしいんだ。なら、円滑に業務を進めることだけに集中したい」
「…………」
「よく同僚からも『ドライモンスター』とか『人の心がない』とかいわれるよ。別にそれでいい。君も言われた仕事をやれる分だけやっておいて。ミスするくらいなら進めなくてもいい。残りはボクが全部片付ける。どうせいてもいなくても、ボクがやるハメになるんだから同じだよ。期待していない」
何それ。じゃあ、私がいる意味なくない!? 松野さんはそれでよくても私はイヤ!
「松野さん! お言葉ですが、私は――」
そのとき、突然エレベーターが大きく揺れた。
「きゃ!?」
よろけて松野さんにぶつかる。
「うわっ!」
松野さんもバランスを崩し、二人一緒に床に転がった。
エレベーターの音が止まり、階数表示のランプが消える。シンと静寂がケージの中を襲った。
「あの……松野さん、これ止まってませんか?」
「うん。止まってるね……」
松野さんが立ち上がり、操作盤のボタンを無茶苦茶に連打する。ボタンは一切反応しない。
「松野さん、非常ボタンがあるんじゃないですか?」
「非常ボタン? ああ、これか」
松野さんが操作盤の一番下にあるボタンを押した。