第34章 イジワル上司の松野さん【トド松】
「急に?」
「そうよ、突然。『頑張ります』とかいったその日に、休憩いったら戻ってこなくて。電話も繋がらないの。それで松野さん、かなりショック受けちゃって。それ以来、もう新入社員に期待するのをやめたみたいね」
「そうなんですか……」
松野さんの気持ちもわからなくはないけど、前任の人の話を出されても困る。上司に期待されていないって虚しい。
「まあ、でも松野さんって美人が好きだから私たちにはもともと冷たいけどねぇ。あなたは可愛いから松野さんも内心は嫌いじゃないと思うわよぉ?」
ニヤリと笑う一子さん。
「とんでもないです。どう考えても最初から嫌われてますし……」
「大変だと思うけど急に辞めないでね。この会社、今は人手不足なのよ。もう少しすれば、楽になるとは思うけど」
「は、はい……」
とりあえず、今のところやめるつもりはない。就職活動が思うようにうまく行かず、散々苦労してやっと採用されたんだから。だいたい、今やめたところで次の就職先が簡単に決まるとも思えない。
再び書類に視線を戻すと、
「奥田くん!」
早速上司に呼ばれた。
「はい、なんでしょう?」
慌てて飛んでいくと、松野さんは顔を上げた。
「君は呼ばれたらちゃんと来るんだね」
「はい?」
「いや、なんでもない。こっちの話。それより、ここ見てよ。数字、間違えてない? 先方からクレーム来たんだけど」
え!? うそ!?
画面を覗き込むと、松野さんが指さした先にはたしかにありえない数字が記載されている。
「や、やだっ! 本当だ! すみません! すぐ直します!」
「いいよ。あてにならない。ボクが今から直すから。それより、先方が『このデータを元にすすめるから数値が適当では困る。直接会ってきちんと確認しながら話を進めたい』っていってきてるんだよね。午後に行くから君もついてきてくれる?」
「はい、わかりました……」
私は頷いた。
「どうせ足手まといになるだけだから、連れて行きたくないんだけどね。一応は君が担当だから仕方ない」
う……。そんなハッキリ言わなくても。私だって松野さんと二人きりでなんて行きたくないよぉ。
肩を落として席に戻る。一子さんが気の毒そうに「ご愁傷さま」と呟くのが聞こえた。