第34章 イジワル上司の松野さん【トド松】
「奥田くん、この書類全部チェックしておいてくれる? 昼までに」
ドサッと紙の束が目の前に置かれた。顔を上げると、上司の松野トド松さんが立っている。
「あ……はい。わかりました」
「ま、全部終わらなくてもいいよ。できたところまでで。残りはボクがやるから。新人には期待しても無駄だろうし」
え……? 何、その言い方……。
固まった私を一瞥すると、松野さんはさっさと自分の席に戻っていった。
誰かのデスクでけたたましく電話が鳴っている。すぐに出る男性社員。
「お待たせして申し訳ありません。赤塚商事の内川です。はい……お世話になっております……はい……はい……」
あちこちから高速でキーボードを打つ音が聞こえてくる。本棚から書類の入ったファイルを抜き、慌ただしくコピー機に向かって走っていく女性社員。
仕事に追われる先輩たちを眺めてから、私は改めて目の前に積まれた書類を見た。
これをお昼までに全部? 無理だよ……。かといって、やれなかったら「やっぱり」ていわれるんでしょ? それも癪……。
ちらりと松野さんを見ると、眉間にしわを寄せてPCを睨んでいる。
あ〜あ。せっかく就職したけど、この先やっていけるかすごく不安。自分にこの職場は合ってるんだろうか? というか、私って上司に嫌われてるの?
でも、やらなきゃ永遠に終わらない。やるしかない。
書類の山から一枚取って仕方なくチェックを始めると、隣の席の一子さんがこっちを向いた。
「あらぁ、大変ね〜新人さん」
小声で話しかけてくる。
「は、はい……」
一子さんは少しミステリアスで大人の雰囲気もある女性だ。隣の席ということもあり、よく声をかけてくれる。別の部署にいる十四子さんという派手な女性と仲がいいらしく、よく一緒に歩いているのを見かける。
一子さんは呆れたようにため息をついた。
「かわいそうに。よりによって、松野さんの下なんて。あの人、少し前は新人にもすごく優しかったんだけどねぇ」
え?
私は手を止めた。
「優しかった? 松野さんが?」
信じられない。私には冷たいのに。
「そうよぉ。実は奥田さんの前に弱井さんっていう新人の女のコがいてね。美人だったけど仕事ができないコでね〜。いわれなきゃ動かないし、すぐ寝るし、最終的にバックレて急に来なくなっちゃったのよぉ」