第32章 咲き乱れよ愛慾の長春花【逆ハー/三国志松】
「女、帰る、おで、許さない……」
くぐもった声のあとには、威嚇するような唸り声。
「誰!?」
振り返ると、獣の毛皮に身を包んだ男が身構えていた。髪は長くたてがみのように立ち、片目に眼帯をつけている。口から覗く血のついた牙。たぶん私の足に噛みついた犯人だろう。
動物? それとも人間……?
正体をはかりかねていると、おそ松帝が嬉しそうに手まねきした。
「お〜、野蛮王の一松! お前も来たの? もっとこっちに来いよ。あ、ウ○コはすんなよ?」
野蛮王?
そういえば、北方にはどの権力にも属さない騎馬民族がいると耳にしたことがある。粗野で乱暴な性格だとか。まさかおそ松帝が支配下に置いていたとは……。
「おでも、女、ほしい。逃げる、捕まえる……」
まるで獲物を狙っているかのように、私から目を離さない一松。今、走り出せばこの男に捕まるのは目に見えている。せっかく帰れると思ったのに……。
一松と睨み合いながら、ゆっくりと後ずさる。誰かに背中がぶつかった。
「っ!?」
振り返ると、立っていたのは桃色の鎧を着た男性。片足に体重をかけて、だるそうにため息をつく。
「え〜、キミ帰っちゃうのぉ? つまんな〜い!」
かなり若い武将のようだ。
「帰ります……」
「そうなんだ〜。でも、気持ちはわかるよぉ。この国、イケてないもんね〜。我もヤダなあと思ってたところ! だって、女のコも全ッ然いないしぃ。というわけで、我、もうやめま〜す! 違う国に行きま〜す!」
さっさと部屋を出ていく武将。
ええ〜……武将なのに根性なさすぎ……。
「待ちなさい! トド松! もう少しがんばる気はありませんか!? あなたのような若き才が必要なんです!」
文官のチョロ松が慌ててあとを追いかけた。
おそ松帝は鼻をほじりながら、「ゆとりはこれだから」とぼやいている。
その隙に私はさらにうしろに下がった。
このゆるゆるな空間はなんなの? この人たち、本当に帝や武将? 赤壁の戦いにも来てたんだよね? 一松とカラ松はたしかに手強そうだけど、国として統制がとれているようにはとても見えない。
とにかくこんな意味不明な国に長居したくない。なんとか逃げる方法を……。