第26章 大人の社会科見学【一松】
「はぁい、次は甘いパンだよ」
一松さんは何事もなかったかのように歩き出す。ついていくと、美味しそうなマフィンを作っているラインが見えてきた。
「ほら、ちゃんと見てねぇ」
やっぱり優しそうな笑顔。さっき一瞬不気味に感じてしまったのは、気のせいだったのかもしれない。
「あ! おやつで出るパン!」
カラ松くんが目を輝かせる。
「ほんとだー!」
他の子供たちも一斉に駆け寄った。
みんなすごく楽しそう。私も見ていて勉強になるし、本当に来てよかった……。
ガラスに齧り付く園児たちを見ながら、私はふと職員室での会話を思い出した――。
「愛菜先生、今年の工場見学の引率をやるんですか?」
女性の先輩教諭に声をかけられたのは昨日の朝のこと。
「そうなんですよ。『早く子供たちと仲良くなれるように新任のあなたが引率しなさい』って園長に言われて。パン大好きなので楽しみです!」
上機嫌で答えると、先輩は眉を顰めた。
「本当に? いつも男性の先生が担当するのに……」
「そうなんですか? 何か力仕事があるんですか?」
「いえ。ただ、見学するだけですけど……。男性が引率するって何年も前から決められているみたいですよ。私がこの園に来たときにはすでに決められていたので、理由は知らないんですけどね」
――正直、この話がずっと心に引っ掛かっていた。男性教諭が毎年引率するのに、今年はなぜか私が担当……。でも、実際に来てみたら特に問題もない。
「はい、次の部屋に行きますよ。お勉強してねぇ」
一松さんの声に我に返る。