第26章 大人の社会科見学【一松】
「はーい、みんな迷わずついてきてね〜。ちゃんと見てねぇ」
一松さんが歩き出す。
ドアの外は長い廊下が続き、見学ができるように壁はガラス張りになっていた。見下ろすと、パン作りのラインが広がり、製造工程がひと目で分かる。
「わあ、すごい!」
「パンがいっぱい!」
子供たちは夢中でガラスを覗き込んだ。
「せんせい、見てー! パンがどんどん流れてるよー!」
十四松くんが私の袖を引っ張る。
「すごいねー! もしかしたら、あの中のパンを十四松くんがおうちで食べるかもしれないね」
「ほんと!?」
私は屈むと十四松くんと一緒にパンを眺めた。次々と流れていく焼きたてのパン。ガラス張りなのに、美味しそうな匂いがここまで漂ってくる。
「奥田先生、おいしそうでしょ……? このパンは工場の製品の中でも一番売れるパンなんですよ……」
耳元でいきなり囁かれ、私は「きゃっ!?」と仰け反った。振り返ると、一松さんのニヤニヤした顔。
「どうしました、先生……?」
「い、いえ! すみません。一番売れているパンなんですね。道理で美味しそうだなと思いました……」
「ええ。奥田先生も朝食はパンですか……?」
一松さんが死んだような目で覗き込んでくる。
「は、はい。そうですね。大体、朝はパンです」
「ヒヒッ、そうですか……。朝はパン……朝からパン……いやらしい響きだ……。こんな可愛い先生に食べられるなんて、パンたちが羨ましいですな……」
意味深な笑みを浮かべ、一松さんがその場を離れる。私はドキドキしながら、ふうっと息を吐いた。
びっくりした……。話す時の距離が近い人なのかしら?