第17章 片道タクシー【カラ松】
「ハニー、オレはここで待っているから、降りて好きなだけ見るといい」
運転手の言葉に私はうなずいた。
焦っちゃだめ。慎重にチャンスを伺おう。
おとなしく車から降りる。容赦なく降り注ぐ雨を受けながら、私はタクシーの屋根を見上げた。そこについていたのは、暗闇を物ともせず、光り輝くミラーボール。私はミラーボールから目を離さずに、ゆっくりと車に沿って歩く。
運転席の窓が開いて、男が顔を出した。
「ハニー、気に入ったのか? よく見るといい。どの角度から見てもこのオレ同様、輝いているからな」
私は曖昧に返事をすると、車体のうしろに回り込んだ。そっと移動し、運転席からちょうど死角に入った瞬間、一気に走り出す。
「あっ! ハニー!?」
男の声が聞こえた。
止まっちゃだめ。とにかく走れ。
無我夢中で雨の中を駆ける。
道を進んでも並んでいるのは工場ばかり。民家らしきものはひとつもない。しかたなく私は走り続けた。このまま道沿いに進めば、どこかには辿り着けるはず。
うしろからタクシーが追いかけてこないか、走りながら振り返る。特に車が迫ってくるようすはない。
よし。大丈夫。
ホッと息を吐いて前を向いた瞬間、私は何かにぶつかった。
「っ!?」
驚いて見上げると、恐ろしいあの顔。
「お客さん、どこに行くんです? そっちは病院ではありませんよ?」
カラ松と名乗ったあの男が立っていた。
嘘……どうやって……?
「あ……えっと……その……」
そろそろと後退る。
男は私を見つめた。感情は見えず、狂気をはらんだ虚ろな瞳。
「どうしたんだ、ハニー。なぜ逃げようとする? 女は愛している男の元から離れてはいけないだろう?」
「っ!」
腕を掴まれ、強い力で引きずられる。