第8章 おねがい♡サマー仮面【カラ松】
「そのグラスはね、ペアなんだよ」
おばさんがニコニコと私たちに声をかけた。
「ペア?」
顔を上げると、おばさんは同じ形のグラスを私に差し出す。
「こっちのグラスとね、対になってるんだよ。二つのグラスをくっつけてみて」
おばさんから受け取ると、私は二つのグラスを合わせてみた。
透かしの花びら模様が合わさり、大きなハート形が浮かび上がる。眩い太陽の下で青く澄んだハートはキラキラと輝いた。
「悪いけど、このグラスはセット商品だからペアでしか売れないんだよ。そちらの彼氏さんとお揃いで買ったらどう?」
おばさんがサマー仮面と私を交互に見る。
「おおっ、そうだな。一緒に買おう、ハニー!」
サマー仮面が声を弾ませた。
お揃い……。
途端にあの日のコーヒーカップが頭に浮かんだ。
彼氏の上で喘ぐ女性。カップの縁に無遠慮に付けられた口紅。部屋を飛び出した後の身を切るような北風の冷たさ。泣きながら帰って辿り着いた真っ暗な部屋……。
あのカップは私とお揃いだったのに。散々悩んで時間をかけて選んだのに。
忘れかけていた感情が一気に押し寄せてくる。
私はゆっくりと息を吐いて気持ちを落ち着かせると、そっとグラスを元に戻した。
「ごめんなさい。やっぱり、今日はやめておきます……」