第16章 出会い
『??』
横から誰かの手が出てきた。
あまりの水汲みの下手さに見かねて手伝ってくれたようだ。
「あ…」
水を台所から持ってきた桶に移し替えるところまでやってくれた人に、急いで深々と頭を下げ、お礼を告げる。
「ありがとうございます。
慣れてなくて助かりました」
「いえ、これくらい」
柔らかく穏やかな高い声。
頭を上げ、手伝ってくれた人の顔を見る。
数滴落とした紫を含んだ灰色の髪。
色気を含んだ紫の瞳。
左目のすぐ下に泣きぼくろ。
武士にしては細身の身体をした男性が、にっこりと微笑んでいた。
『う…わ…ア、アイドルが目の前にいる…』
葉月は、ぽかんと口を開けて、アイドルの顔を見つめる。
そのアイドルも珍しいものを見たような真剣な顔をして、しばらく葉月を見つめる。
お互い見つめあい、そしてアイドルはおもむろに左手を伸ばし、驚いて大口を開けたままの葉月の下唇をなぞり、そのまま片頬に手を滑らせる。
「あんまり、おんなのかたが、大口を開けているものではありませんよ?」
「…っ」
なぞられた下唇が熱を持ち、顔がみるみる赤く染まるのが自分でよくわかった。
アイドルも何故か頬の手を離さず、そのまま更に見つめ合った…
「葉月さーん、お水汲めましたかー?」
女中の気にかけてくれる声が届く。
お互いはっとして、アイドルは頬から手を離す。
葉月は慌てて再度頭を下げ、ありがとうございました、と礼を伝え、水桶を持って台所へ戻って行った。
「…葉月さん、ですか…」
アイドルは葉月が去った方向を、しばらく見つめていた…