第2章 群青の空/犬夜叉/殺生丸/妖怪夢主
下界の妖怪達に食い散らされた仲間達の亡骸が紫龍峰の大地を青き血で染めあげていた。
何者かが空間を歪めてしまったのか、その隙をつき ある日妖怪の大群が紫龍峰へ攻め込んで来たのだ。
勿論、竜とて戦う術は心得ていた。だが数の上では圧倒的に不利だった。そして何よりも、彼等には「訪れる運命に抗う力」が著しく欠如していた。
腹が破れ脚を折られ、竜の血はこんなにも青味を帯びる艶やかな色をしていた事を繭はその日初めて知った。
傍らには耳まで裂けた大口を開ける化け物がいる。ばきりと目の前で噛み砕かれるのは白く滑らかな竜の骨だ。
粘性のある唾液は瘴気を含み、汚れなき土をじゅくじゅく溶かしていた。
「女の竜だ美味そうだ…っ!食ってやる!!」
「……………………」
これは 閉篭もることを選んだ竜の運命。そう理解し、繭は静かに瞳を閉じた。
こうして見ると命も歴史もなんと呆気ないことか。この生涯は長いようで短かったが この地で皆と共に死ねるのならば悪くはないのかもしれない。
命を完全に放棄する。腐る息を真上に感じながら、死後の世を想像した。
どこからか、また別の妖怪の気配があった。さくりさくりと踏みつけられるのはこの国の花。淡い香りと竜の血と、濃厚な瘴気の臭いに混ざるのは獣の異臭だった。
繭は霞む目を開ける。そこに現れたのは1匹の妖怪だった。
鼻に付く臭いとは裏腹に 白銀の髪を垂らす容姿は竜に負けず凛と美しく、尖る神経質さを放つ犬妖怪だった。
少しも動かぬ美貌が見据える先は繭でない。僅かな音をたてる鋭い爪は時を刻む前に 化け物を切り裂いていた。
妖怪は赤黒い手先を振るう、毒を含む血が頬に飛べば 繭の肌をじりじり侵食し、また青を色濃くした。消えそうな声で問い掛けた。
「……………何奴だ」
「瘴気の臭いを追って来た」
そう答える妖怪の横顔が見張る先は命の消えたこの国一帯だった。
しばしの静寂を得るが状況は何も変わらない、食われる相手が変わっただけだった。