第1章 日常/鬼灯の冷徹/白澤/裏/対モブ女
顔を真っ赤にする繭を他所に 白澤は観念したのかふうと細い息を吐き、長めの前髪を後ろに搔き上げた。俄かに汗を帯びる髪はさらりとした普段のそれに無造作な跡を残す、日頃は見えない朱色の瞳が半分程隠れきれぬままとなっていた。
白澤は女の後頭部をちょんと指差した後、シッシと繭を払いのけている。極め付けはぱちりと片目を瞑り何故かキメ顔をしているのだから どんな反応でどう対処すれば良いのかがますますわからなくなってくる。
「…し、失礼しました!!」
それだけ言って部屋を去るのが精一杯だった。心臓はばくばくうるさいまま、顔はきっと熟した野苺よりも赤いだろう。
願わくば あんな破廉恥な獣は鬼灯様の鉄拳を受けしばらく再起不能になればいいのに、そう願わずにはいられなかった。
◆
「おはようございます!今朝もいい朝ですね!」
一時間後、桃太郎が顔を出す頃には極楽満月はいつもの雰囲気に戻っていた。
「朝っぱらから!信じられない!白澤さまのスケベ!」
「もお〜ゴメンてば繭ちゃん 怒らないでよー ほんの出来心だってば」
「変態変態変態!スケコマシ!万年発情期!」
「悪かったってばー。ね?機嫌なおしてよ」
この店の主人と繭がつまらぬ事で小競り合いをするのは良くある事だ、桃太郎は大きく咳払いを挟み 話題に切り込んだ。
「おっほん!あの、おはようございます」
「あ、おはよう 桃タロー君」
「桃太郎さん…っ 聞いてくださいよ!!白澤さまってば……っっ」
ぴーぴー泣き付いてくる繭を宥めながら、桃太郎はお約束の一言を投げた。
「ついに…ついにファイトしたんですか?!繭さんに!!」
「何でそうなるの?!僕は部下には手を出さないよ!桃タロー君だって知ってるだろう?!」
「言付けますよ?!鬼灯様に!」
「ヤメテ!それヤメテ!!どうせならせめて、リアルにファイトKOしてからにしてよ……!」
「「最低過ぎるだろ アンタ」」
元より繭は地獄より斡旋された言わば派遣社員みたいなもの、勝手にどうこうしようものならあの鬼は黙ってはいないだろう。
『どうか夕刻に余計な一言が出ませんように。』
神でありながら神頼み、白澤としてはこの日ばかりはそう願わずにはいられなかった。
完