第1章 花輪家のメイドになりました。
ノックをすると、秀治さんの声が聞こえた。自分の名を名乗ると、「どうぞ」とドアが開かれ入室を促されたので、恐る恐る坊っちゃんの部屋に入る。
調度品は品の良いものが並ぶのに、置かれたオブジェは雑多で国籍不明。バリ島の木彫りの置物の隣にマトリョーシカ、バイオリン、といった具合だ。
本棚には図鑑や世界の歴史の本が並ぶ。背表紙だけでしか判断できないが、漫画などは一切ないようだ。
勉強机は綺麗に整頓されている。
寝室は別だったはずだ。間取り図を見た限りでは、奥のドアの先だろう。
坊っちゃんは、バルコニーにいた。白いテーブルと椅子が置かれたバルコニーで、紅茶を飲みながらクッキーを食べている。眼下には桜。何とも優雅な花見だ。
「初めまして、和彦様。三島楓と申します」
「初めまして、楓。ヒデじい、あれを」
「かしこまりました」
秀治さんが部屋の奥から何か包みを持ってくる。
「お近づきの印に、ね。仕事中は服の下に身につけておくといいよ」
秀治さんが開けた包みの中には、高価そうなペンダントがあった。宝石がいくつか入っているトップがついている。
その辺りの露店で売っているメッキのネックレスやペンダントではないことくらい、私でもわかる。
「こ、こんな高価なもの、いただけませんっ」
「え、いらないの?」
「私には相応しくありませんっ!」
それに、小学三年生が贈るようなものではないだろう。何とも末恐ろしい小学生……!
「困ったなぁ。初めて会うお手伝いさんにはいつもアクセサリーか時計をあげているんだけど、イヤリングのほうが良かった?」
「いえ、いえいえ! 私はまだ15歳なので、高価なものをもらうわけには!」
「似合うと思うんだけどな。ね、ヒデじい?」
「左様でございますね」
バルコニーから部屋に入ってきた坊っちゃんは、困ったなぁと言いながら、チェーンを手にする。
「楓、背中を向けて」
「いや、あの、でも」
「いいから、早く」
言われた通り、坊っちゃんに背を向けてひざまずく。シャラと涼やかにチェーンが鳴る。
坊っちゃんの暖かい指先が私のうなじに触れる。
ひえぇ、と叫び出したくなる。
「プラチナだから、アレルギーは出ないと思うんだけど」
……卒倒しそうです……!