第1章 花輪家のメイドになりました。
春休みが終わりに近づき、桜がちょうど見頃になる頃、花輪家の様子が少し慌ただしくなった。
――「坊っちゃん」のご帰還だ。
付き人の秀治さんが運転するリムジンで、坊っちゃんは帰宅した。それを、私たち使用人が勢揃いで出迎える。フットマンもメイドもコックも並ぶと圧巻だ。
ちなみに、坊っちゃんと一緒に別荘に滞在していた使用人たちは、飛行機を利用して坊っちゃんより早くに戻ってきている。坊っちゃんは車、使用人は飛行機……何とも不思議な組み合わせだ。
秀治さんがドアを開け、坊っちゃんがリムジンから降り立つ。
「お帰りなさいませ」と使用人たちが声を揃えるも、近所に迷惑にならない程度に声は抑える。
「ただいま、みんな」
軽やかな声が聞こえた。
初めて聞く「坊っちゃん」の声は、何とも爽やかだ。
「長いこと留守にしていて悪かったね。お土産はもう到着しているかい? じゃあ、早く中に入ろう。僕は紅茶を飲んでいるから、みんなで分け合ってくれたまえ」
確かに、先程大きな荷物がいくつか届いていた。中身は坊っちゃんが帰ってきてから開けるのだと言っていたけれど、あれは使用人たちへのお土産だったのか。
「今回の目玉土産はフランクミュラーと、タグ・ホイヤーだよ」
宮口先輩、頭を下げたままガッツポーズはどうかと思います。
「あぁ、新入りの人はあとで僕の部屋に来てくれたまえ。よろしくね」
新入りの人、は、私のことだ。フットマンも新入社員はいなかったはずだから。
坊っちゃんが邸の中に入り、私たちも給仕をするために動き出す。とは言っても、紅茶の準備もお菓子の準備も済ませてあるから、坊っちゃんの望むタイミングで給仕するだけだ。
「私、いつ行けばいいですか?」
「坊っちゃんが紅茶を飲み終えたくらいのタイミングでいいわよ。多少前後しても怒られたりしないから大丈夫」
宮口先輩は「フランクミュラー!」と意気込んでいる。周りのフットマンやメイドたちも同じく目をキラキラ……いや、ギラギラさせている。めちゃくちゃ闘志が見えている。
……お金持ちのお土産、怖いなぁ……!