第1章 花輪家のメイドになりました。
「うん、良く似合う」
いつの間にか、目の前に秀治さんが鏡を持って立っていた。鏡に映る私の首元で、プラチナのチェーンに、ぶら下がるペンダントトップがキラリ光る。トップには深い緑色の宝石が見える。
「君は僕と同じ8月生まれだから、誕生石も同じなんだよね。ペリドット、綺麗な石だよね」
ペリドット……。
私は不勉強だから、8月の誕生石も、坊っちゃんの誕生日も知らなかった。
「ペリドットにメレダイヤを使うなんて贅沢だよね」
「め、れ?」
「ここに輝くダイヤモンドだよ」
確かに、ペリドットよりも小さいのにキラキラ輝いている宝石がある。っていうか、ダイヤモンド!? ダイヤモンドっ!? やっぱり高いんじゃないですか……!
「うん、似合ってる。ね、ヒデじい」
「ええ、お似合いです」
「受け取って欲しいな」
わざわざ私の誕生日まで調べて、坊っちゃんが選んでくれたペンダントだ。それを受け取らないという選択肢はない。
身の丈に合わないのなら、見合うような人間になればいいだけのこと、だ。背筋が伸びる気分だ。
「ありがとう、ございます……」
「どういたしまして」
坊っちゃんはニコニコと笑っていた。
小学三年生に高価なものをプレゼントされてしまった……そんな、不思議な背徳感。
後ろめたい気持ちで使用人たちの部屋に戻ると。
「フランクミュラーは私のものよぉぉ!!」
宮口先輩がちょうど使用人勝ち抜きじゃんけん大会で優勝したところだった。宮口先輩の「優しくて温厚な性格」だという評価は、少し……変わった。
2回戦目はタグ・ホイヤーだそうだ。フットマンたちの熱気がスゴい。
私は、どうやら花輪家の常識からは外れていたらしい。
「楓ちゃんもそのうち慣れるよ」
大会には参加しないコック長の腕には、ロレックス。その隣で微笑んでいるメイドの耳には、大きな宝石のイヤリング。
……とりあえず、その、常識を逸脱したお金持ちへの「慣れ」が一番怖いです……!
総プラチナのペンダントを身につけて、私はただ使用人たちのじゃんけん大会を傍観するしかできなかった。