第2章 坊っちゃんは小学生。
『家族が元気で過ごせますように』
『孫が無事に産まれますように』
『彼氏と幸せになれますように』
『家内安全』
笹に吊るした七夕飾りとともに、皆の願いを込めた短冊が風に揺れる。私の願いは、まだ決まっていない。短冊をポケットにしまったままだ。
「坊っちゃんの短冊はどれかなー?」
探しても見つからない。てっぺんに近いところに飾ったのかもしれない。願い事が叶いそうだし。
……にしても、この青い短冊、なんて書いてあるんだ? ミミズが這ったようにしか見えないんだけど。
「あぁ、それ坊っちゃんの」
「え!?」
通りがかったメイド長から衝撃的な一言がもたらされる。
坊っちゃん、めちゃくちゃ、字が下手くそだったのだ。
「外国にも住んでいたから、日本語を書くのは上手ではないのよ」
……なるほど。
完全無欠の坊っちゃんにも、弱点があったのだ。
「楓ちゃんは、字が綺麗だったから採用されたのよ」
「そうなんですか?」
「履歴書の字、確かに一番綺麗だったもの」
それも衝撃的な発言です!
私は「字」で採用されたみたいです!
何度読んでも、坊っちゃんの願いが何なのか、サッパリわからない。でも、多分、『家族と一緒に暮らしたい』とかそういう願いだろう。
坊っちゃんは、きっと、それを何よりも誰よりも願っている。
私はペンを持って、赤い短冊に文字を書く。できるだけ丁寧に、綺麗な文字で。
『坊っちゃんの願いが叶いますように』
私自身の願いなんて、ないのだ。坊っちゃんの幸せが、私の幸せなのだから。
青い短冊のそばに赤い短冊を吊るし、願う。坊っちゃんの願いが叶いますように、と。