第2章 坊っちゃんは小学生。
鯉のぼりはもうバタバタと泳いではいない。夜風はゆるゆると鯉のぼりを撫でるように吹いている。
秀治さんは――いない。
「坊っちゃん」
声をかけると、坊っちゃんは静かにこちらを向いた。疲れているような、物憂げな表情で。
「やぁ、楓。仕事は終わったのかい?」
「はい。でも、寮から坊っちゃんの姿が見えたもので」
「あぁ、ありがとう。心配してくれたんだね」
そばに立って、私がひたすら皿洗いをしていた間のパーティーの様子を聞く。坊っちゃんは思い出しながら、楽しそうに笑う。
さくら様はどうやらブラックオリーブが苦手だったようで、全部避けられていたそうだ。浜崎様と山田様が風邪を引いていないか、坊っちゃんは心配していた。山田様もどうやら脱いだらしい。
「楽しかったですね」
「あぁ、うん、楽しかったねぇ。パパとママにも見せてあげたかったよ」
――あぁ、そうか。それで、ここにいたのか。
私は、納得する。
「お忙しいですからね。写真ができたら、お手紙を送って差し上げましょうね」
「そうだね」
両親と離れて過ごさなければならない子どもの気持ちは、私にはわからない。私には両親がいなかったから、わかると言えばわかるけど、それでも、坊っちゃんの気持ちには寄り添えない。
寂しさが全く違うと思う。
こどもの日。
子どもでありたい日。
両親と過ごしたい日。
坊っちゃんは、我が儘を言わない紳士な男の子。男の子……大人じゃないのだ。
「私たちは……坊っちゃんの成長を楽しみにしています。きっと、ご両親も同じ気持ちでいらっしゃいますよ」
「……うん、ありがとう、楓」
坊っちゃんの笑顔は、どことなく元気がない。やっぱり、寂しいんだろう。
「無理をして笑わなくてもいいのに」
「……え?」
坊っちゃんの目が丸くなる。私は思わず出てきてしまった本音に、慌てる。言うつもりじゃなかったのに、私のバカ!
「あっ、いえ、その、忘れてください、失言です」
「楓は素直だなぁ。大丈夫、ヒデじいも聞いていないから」
「すみません、すみません、本当にすみません!」
坊っちゃんは笑いながらベンチに座るよう促してくる。ビクビクしながら坊っちゃんの隣に座ると、彼の柔らかな手のひらが、私の右手に重ねられた。