第2章 坊っちゃんは小学生。
「はー……たくさんありますね」
「数なんか数えないほうがいいわよ。うんざりしちゃうから」
宮口先輩が裁縫道具とロープを手に苦笑する。
大きな物置きの部屋に、「それ」は大量にあった。メイドもフットマンも、腕まくりをして、ロープと「それ」を取り出す。取り出しながら、明らかに破れているところはメイドが繕うのだ。
「楓さん、こっち!」
「はい!」
メイドを取り仕切るのは、現メイド長の相澤さんと元メイド長の田中さん。フットマンを仕切るのは秀治さんだ。
私は相澤メイド長に指示された赤い鯉の破れを繕っていく。針仕事を一番にきちんと覚えるのは、理由があったのだ。
四月下旬、花輪邸には大量の鯉のぼりが舞い泳ぐ。五月五日のこどもの日、端午の節句をお祝いするのだ。
100以上の鯉のぼりが空を泳ぐのは、きっと圧巻だろう。近所の人も見に来るに違いない。
それをお膳立て――準備・片付けをするのが使用人の仕事だ。完全に裏方の仕事。
メイドたちは、椅子に座ってちくちく黙々と針を進める。大抵は鯉のぼりの口金の部分やロープの部分にダメージがあるので、新しいものに交換する。
そうして、相澤メイド長がOKした鯉のぼりは、フットマンが運び、本邸と物置きに渡したロープに結んで、泳がせる。
まだ暑すぎず寒すぎない時期で良かった。夏なら汗だくになりながら準備しなければならないところだった。
花輪家のイベントは規模が大きすぎて、「普通」を忘れそうになる。たぶん、坊っちゃんの誕生日なんかはスゴイんだろう。花火なんかが上がるかもしれない。
「防虫剤置いてるし、天日干しも掃除もしているから、そんなに破れていないわね」
「このロープ、まだ大丈夫ですか?」
「あー……交換だわ」
「はい!」
「ねえ、誰か紺色の糸持ってない?」
「あるわよー!」
作業自体は楽しい。メイドは口も手も動かす。
フットマンは汗だくだけど、ジャケットを脱いだりはしていない。「花輪家の使用人」という格式は守っている。
昼食は、シェフが腕によりをかけた「こどもの日のディナー」の試作品。ものすごく、楽しみなのだ。ものすごく。
……だからこそ、みんなも頑張れるのだろう。
坊っちゃんの笑顔まで、あと少し……!