第2章 坊っちゃんは小学生。
「それでね、花輪クンてば、『ヘ~イ、君が落としたのはこっちの小さな消しゴムかい? それとも、消しやすい高級消しゴムかい?』なんて聞くんだよ。消しゴムに高級も何もないじゃん。キン消しのほうがよっぽど高級だよ、もう」
いや、さくら様、坊っちゃんの言う「高級」はやっぱり高級だと思います。何千円もするんじゃないでしょうか。
「金の斧と銀の斧ならぬ、金の消しゴムと銀の消しゴムですね」
「金の消しゴム! やっぱりキン消しじゃないの! 楓お姉さん、笑いのセンスあるねえ!」
さくら様はゲラゲラ笑っている。どうやら、笑えることが好きらしい。テーブルをバンバン叩きながら笑って……うん、笑いすぎ。
「それにしても、花輪クンて、ピアノが上手だねえ」
「バイオリンもお上手ですよ」
「大したもんだよ、まったく」
不勉強ゆえに課題曲が何なのかはわからないけれど、別室で坊っちゃんが弾いている曲は耳ざわりがいい。彼がピアノとバイオリンを練習している時間は、使用人の心が癒される時間だ。
さくら様はクッキーをパクパク食べながら、ピアノに耳を傾ける。私はそのそばに立ち、同じくピアノの音色に耳を澄ます。
本当に、贅沢な時間だと思う。
「家の中で聞こえるピアノってものは、いいねえ」
私もそう思う。
ピアノの音色なんて学校の中だけでしか聞かなかった。施設にはテレビもラジオもあったけれど、クラシックを聞くことなんてなかった。音楽が聞こえる時間がある日常がとても不思議だ。
「私も好きですよ。次はバイオリンの日にいらしてください」
「うん、わかったよ」
確認のためか、演奏を止めて何度も同じところを練習しているのも、いい。坊っちゃんが完璧ではないことを示しているようで、親しみやすい。
「花輪クン、あたしがここにいたらビックリするだろうねえ!」
さくら様のその悪い笑顔、坊っちゃんには見せられないですね。
「さくら様、クッキーの食べ過ぎはダメですよ。カロリーが高いので」
「かろり?」
「夕飯が食べられなくなってしまいます。あと、体も丸くなってしまいます」
「うっ……でぶまる子になるのはイヤだねえ」
聞き分けが良いさくら様は好きです。
このあと、さくら様を見つけたときの坊っちゃんのリアクション、素敵でした。可愛らしい二人です。