第2章 坊っちゃんは小学生。
「楓さん、ちょっと」
夜、シャワーを浴びて髪を乾かしたあと、秀治さんから呼ばれて部屋の外に出る。家から通っている秀治さんが寮に来ること自体珍しい。
田中さんから叱られたことが彼の耳にも入ったのかもしれない。「使えない使用人」だと叱責されるのかもしれない。最悪、クビになるかも……。
ビクビクしながら、彼のあとをついていく。
中庭に、誰かがいた。
月の明かりの下、佇んでいるのは――。
「坊っちゃん!?」
「あぁ、ごめんね、呼び出して。ヒデじい、ありがとう。もう下がっていいよ」
「かしこまりました」
パジャマ姿の坊っちゃんは、近くのベンチに座る。私はその近くに立つ。寒くないか聞いたが、大丈夫だそうだ。
「今日はありがとう」
唐突にお礼を言われて、私は戸惑う。坊っちゃんから感謝されることなど、なかったと思うのだけど。
「さくらくんとみぎわくんを案内してくれただろう? さくらくんが……君のことを、すごく褒めていたのさ」
さくら様がどんなふうに私を褒めていたのか、非常に気になります。
「楓」
名前を呼ばれると、ドキリとする。相手は7歳も年下の小学生であるというのに。
「ありがとう」
私は使用人。
主人から褒められ、認められると――嬉しい。嬉しくて涙が出そうだ。
私の主人は、適正に自分を評価してくれる。こんなに幸せなことはない。
「……指、絆創膏だらけじゃないか」
「家庭科は苦手だったので」
「僕もあまり得意ではないよ」
オール5なんですよね、知っていますよ。
「僕が勉強に打ち込めるのは、君たちが家のことを手伝ってくれるからさ。本当に感謝しているよ」
素直で可愛らしい小学生――それは、坊っちゃんにも当てはまる。私の主人は、素直で可愛らしい人だ。
私も、そうでありたい。
「さくらくんと仲良くなってくれてありがとう」
「……いえ」
「さくらくんのことで何かあったら……その都度、教えて欲しい」
なるほど、本当に坊っちゃんは素直で可愛らしい。
それは、お願いではなく、命令ですよね? わかっていますから、私。大丈夫ですから。
「わかりました」
「うん、よろしく」
そうして、私は自分の主人の小さな秘密を知ってしまったのだ。たぶん、彼自身が気づいていないほどの、小さな、小さな。