第2章 坊っちゃんは小学生。
「お姉さん、待っててくれたの!?」
お手洗いから出てきたさくら様に微笑みかける。
「お部屋がわからなくなっているのではないかと思いまして」
「そうなんだよ。辿り着けそうになくて途方に暮れていたんだよ……ありがたいねぇ」
「では、行きましょうか」
さくら様を元のお部屋に案内する。
彼女は廊下に飾られた彫刻や絵画を見て「高そうだねぇ」と感嘆している。最初に私がここを通ったときと同じ感想で、思わず笑みがこぼれる。
「花輪クンちのお手伝いさんは、みんなあたしたちの名前を知っているんだねぇ」
「そうですよ。浜崎様、穂波様、富田様、みぎわ様、みんな存じ上げていますよ」
「スゴイねぇ! あたしゃまだクラス全員の名前すら覚えていないというのに」
さくら様はがくりと肩を落としている。
年齢による記憶力の差だから仕方がないと慰めようか迷いながら、気になっていたことを彼女に聞くことにした。
「つかぬことをお伺いいたしますが、坊っちゃんは学校ではどんなふうに過ごされていますか?」
「花輪クン? どんなふうって、『ヘ~イ』とか『ベイビー』とかよく使ってるよ。あたしゃベイビーって柄じゃないんだけどねぇ」
「あら、そうですか? さくら様は可愛らしいと思いますが」
さくら様の顔がみるみる間に真っ赤になる。ほら、可愛い。
「かっ、かわいいだなんて、ないない! だって、あたしのあだ名は『まる子』だよ? 真ん丸のまる子!」
「どこが真ん丸なのでしょう? 標準的な体型だと思いますが」
「顔! 顔だよぉ!」
やっぱり、不思議だ。彼女の顔はそんなに丸くはない気がする。坊っちゃんは面長だけど。
「丸顔は似合う髪型がたくさんあっていいですよ」
「ほんと?」
「ええ。可愛らしい形ですよ」
さくら様は「そうかねぇ」と疑っている。そのおかっぱも十分似合っているというのに。
「お姉さんは花輪クンのことが心配?」
「それは、もちろん」
「じゃあ、たまに教えてあげるよ」
それは願ってもないいい機会だ。私も坊っちゃんのことをちゃんと知っておきたい。
「では、たくさんおやつを準備しておきますね」
「クッキー美味しかった!」
「クッキーですね、かしこまりました」
こうして、私はさくら様と仲良くなった。
……この関係がどれだけ長く続くのか、まだ知らなかった頃の話。