第2章 坊っちゃんは小学生。
「坊っちゃんにもお友達がいたんですね」
「楓さん、あなたねぇ」
田中さんから呆れ顔で発言をたしなめられて、私は失言だったと自覚した。思わず、ボタン縫い付けの手が止まる。
午後、田中さんから針仕事を教えてもらっている最中、つい口が滑ってしまった。坊っちゃんに家に呼ぶほどの友達がいるなんて、本当に驚いたのだ。
「すみません、坊っちゃんのことにはまだ詳しくなくて。でも、浮世離れしている方なので、学校では浮いているのではないかと」
「まぁ、浮いてはいるでしょうね。クラスメイト全員が友達ということもないでしょう」
田中さんの言葉に納得する。さすが、産まれたときから坊っちゃんを見ている人だ。
「友達なんてのは、狭く深くあればいいのよ」
「広く浅く、ではダメですか?」
「こういう家に生まれついたからには、交友関係は広くてもいいけれど、心を許せる友達なんて少ないほうがいいの」
そういうものなのだろうか。
けれど、田中さんが言うのだから、そういうものなんだろう。
私には、お金持ちの交友関係とやらがさっぱりわからない。
「手、止まってるわよ」と田中さんから指摘され、慌てて針を動かしたら、チクと親指を刺してしまった。
「血がつく前に貼るのよ」
田中さんから絆創膏を渡され、頭を下げる。
花輪家の使用人さんたちは、みんな、先回りするのが得意だ。たぶん、周囲の様子をきちんと把握しているからだろう。
私はまだまだだなぁ、と肩を落としながら、いつかそうなりたいと思うのだ。
♪・:*:・・:*:・♪
使用人の部屋から出て伸びをする。休憩中だ。
ふと、廊下の向こうからおかっぱ頭の少女がやってくるのが見えた。足をジタバタさせ、急いでいる様子だ。
「さくら様、お手洗いですか?」
「わ、わ、そうなんだよ! 道に迷っちゃって!」
ここは道ではないけれど、迷うほどに大きな邸だ。私は既に間取りが頭の中に入っているので、近くのお手洗いに案内する。
「ありがとう、お姉さん!」
……お姉さん、なんて、久々の響きだ。そうか、お姉さんか。
さくら様が中で「なんて豪華なんだい!」と叫んでいるのを聞いて、笑みを浮かべながら廊下で彼女を待つのだ。